有機化学I:Answers to
Frequently Asked Questions

2015年5月12日改訂


[全般]

(1) 単離精製した後、概ね次の手順に従う。元素分析により組成式を知る。質量分析法で分子量や分子式を知る(IHDもわかる)。赤外分光法でどんな官能基があるかを知る。核磁気共鳴(NMR)法で炭素骨格の構造や官能基の位置に関する情報を得て、構造をほぼ確定する。よい単結晶が得られれば、単結晶X線回折法で構造を確定できる場合もある。構造が複雑な天然物の場合には、それでも論文で報告された構造が後になって誤りであったことが明らかになることがある。概要は「機器分析学」「環境計量学」などで教わる(2009年カリキュラム)。

(1a) 現在と同じような意味で有機化合物の構造が考えられるようになるには、まず
(1)原子量の確立→分子式の決定
(2)炭素の原子価が4価である
ことが明らかになる必要があった。CanizzaroらやKekule、Couperらによってこれらが確立されたのは1860年頃からだった。
(文献:日本化学会編「化学の原典 10 有機化学構造論」東京大学出版会、1976年)
 加えて、鏡像異性体の存在と関連して、1874年頃からvan't Hoff、le Bel らによって飽和炭素の四面体構造が確立されると共に、シクロヘキサンのような環状化合物の安定な構造が明らかになる(Sachse、Mohrら、1890年〜1918年)必要があった。
(文献:日本化学会編「化学の原典 11 有機立体化学」東京大学出版会、1975年)

 20世紀の前半には、新しい有機化合物の構造を決定するには化学的方法、すなわち確実な化学反応を用いて既知の化合物へと誘導し、得られた既知化合物の構造に基づいて、構造から反応前の構造を推定するしか方法がなかった。
 このために、分子式が確定したら、
(1)官能基の確認
(2)炭素数の少ない(複数の)簡単な化合物へと誘導(減成反応という)
(3)生成物が構造既知の化合物かどうかの判定
(4)構造未知の化合物が見られなくなるまで(1)〜(3)の繰り返し
(5)同定された既知化合物の構造と(1)〜(3)の内容から、新化合物の構造を推定
という過程を経て、新化合物の構造が推定された。
 並行して、19世紀後半〜20世紀前半には(1)、(2)の段階で用いられる化学反応が盛んに研究された。
 (3)の段階では、得られた全ての化合物について分離精製と分子式の確定(元素分析および分子量の決定)が必要であり、手間と時間がかかった。さらに、(5)の段階では複数の可能な構造が考えられることも少なくなく、可能性の見落としもあれば、同じ化合物の構造をめぐる研究者間の論争もあった。
 当時から、構造を最終的に確認するためには、
(6)既知化合物から出発して、確実な合成反応を用いて推定された構造をもつ化合物を合成し、問題の化合物と同じ物質であることを確かめる
必要があると考えられていたが、比較的簡単な天然物であっても、これが可能になったのは20世紀の中頃以降だった(代表的先駆者:R. Robinson、R. B. Woodwardら)。(1)〜(5)の方法で推定されていた構造が、この段階で違っていることがわかった例も少なくない。

 20世紀の後半になると、分子量の決定には質量分析法が有力な手段になった。また、紫外線吸収スペクトル、赤外線吸収スペクトル、そして1970年代には核磁気共鳴法などの分光学の活用法が確立され、分子構造との関係についての情報が蓄積されて、化学的方法による(1)〜(5)の段階に取って代わり、現在に至っている。元素分析法もガスクロマトグラフィーのような機器分析法を取り入れて進歩し、簡便になった。しかし、不安定な化合物の場合には、現在でも化学反応を用いて安定な化合物に変換してから構造決定に取り組む必要がある。
 また、X線結晶解析法の進歩と共に、分子量のやや大きな化合物まで結晶構造が原子レベルの分解能で解析できるようになっている。それでも得られる構造が推定構造であり、時として論争や訂正が起こる場合がある点に変わりはない。

(2) 「有機金属化学」という1960年代に盛んになり現在も活発に研究が行われている分野では、遷移元素を含む有機化合物が重要な研究対象の一つである。

(3) 有機物である。

(4) 「マンニトール」の間違いではないか確認して下さい。構造は図書室の「化学辞典」などに載っています。糖ではなく糖アルコールであることが吸収されにくい理由と関係があると思われます。甘いからといって必ずしも糖とは限りません。

(5) これは定義ですので、「どうして」と聞かれても答えられません。ただし、定義されるにあたってはそれなりの歴史的背景があり、それを初回の講義で説明しました。生気論が信じられていた当時、有機物と考えられていた物質は例外なく炭素を含んでいました。また、当時から炭素の化合物で無機物とされていたもののほとんどは、現在でも「例外」として無機化合物として扱われています。
 両者を区別しているのは、化学を考える上でわかりやすいという便宜的な理由からです。多くの炭素化合物の構造や性質は、その中で互いに比較しながら考えるほうがわかりやすいので、これらを有機化合物として、有機化学の対象とされています。一方、例外とされているものは、むしろ他の元素の類似の化合物と比較しながら考えるほうがその構造や性質が理解しやすいので、他の無機化合物と同様に無機化学の対象とされています。

(6) 炭素の単体の性質は、他の元素の単体の性質と比較して考えるほうが理解しやすいので、他の元素の単体と同様に無機化合物として扱っています。

(7) CO2やCOの性質は、周期表で周囲にある元素の酸化物と比較して考えるほうが理解しやすいので、CO2と金属イオンからできる炭酸塩と共に、無機化合物として扱っています。HCNやシアン化物についても同様です。

(8) 講義資料に示したとおり、炭素を含む化合物は、講義資料の表に示したものを除いて、すべて有機化合物である。名前から見当を付ける方法は、演習課題の解説を見てください。

(9) 炭酸や亜硫酸は仮想の物質で実在しないので、この課題の対象外です。サリチル酸、酢酸、硫酸、塩化水素などは、純物質の状態ではほとんど解離していませんので、分子性物質です。塩酸は混合物(塩化水素の水溶液)であり、やはりこの課題の対象外です。また、電離度は水に溶けたときの性質ですので、この課題では基準になりません。

(10) 物質の性質から分類するための基準は、高校の教科書に載っています。基準と典型的な物質例を丸暗記しておけば受験では通用するかも知れませんが、それでは化学を学んだとは言えません。本当に学ばなくても点が取れるので、学んだ気になってしまうのが受験勉強の弊害です。
 性質がわからない場合に名前から見当を付けることが今回の課題ですが、これについては、解説のほうを参照してください。

(11) おもな性質の違いは次の通り。
性質
分子性物質
高分子物質
分子式
明確
組成しかわからない
分子量
小さく一定
大きく(概ね1万以上)不定
融点、沸点
低く一定
高いか不定、あるいは融解前に分解する
水溶液(溶ける場合)
溶液
コロイド溶液

(13) 偶然です。生気論にとらわれていた当時の有機化学者は無機化合物から有機化合物を作ろうなどとは考えていませんでした。ウェーラーはもともと無機化学者であり、無機化学でも優れた業績を上げています。異性体の概念の確立も無機化学での彼の業績の一つでした。当時彼はたまたまシアン酸アンモニウムという尿素の異性体に相当する組成をもつ物質を合成しようとしていたのです。得られた変な物質を見て、異性体の尿素かも知れない(もしそうなら一大事だ)と考えたのもそんな彼だからこそかも知れません。そして、(生気論にとらわれて「そんなはずはない」と捨てないで)思いついたことを丹念に調べて尿素に違いないことを確かめた点で、ウェーラーは偉大な化学者だったのです。
 上の反応に限らず、無機物から作ろうとすればできやすい化合物の一つです。
 より詳しいことを知るには、日本化学会編「化学史・常識を見直す」(講談社ブルーバックス)を参照してください(私の部屋にもあります)。

(14) いずれもまず動物実験で調べます。頭痛に効く可能性が認められた場合は、動物実験で毒性や副作用がないことを確かめてから、試験的に人に投与して効力を確認します。

(16) 混合物中から特定の成分(純物質)を純粋な形で分離すること。

(18) 構造論:分子式から構造式を考えるための理論や構造式から立体構造(分子の形)を考えるための理論。
 物性論:分子の構造と性質との関係を考えるための理論。

(19) 難しい質問です。一般には、どちらとも言えそうです。
 メタンCH4の水素原子を1個ずつ塩素原子に変えていくと、
  CH3Cl(クロロメタン), CH2Cl2(ジクロロメタン), CHCl3(トリクロロメタン)
となりこれらはすべて有機化合物です。したがって、もう1個の水素原子を塩素原子で置き換えたCCl4(テトラクロロメタン)が突然無機化合物になるというのは不自然です。
 一方、無機化合物であるCO2の酸素原子を2個の塩素原子に置き換えていくと、COCl2(二塩化酸化炭素または塩化カルボニル、慣用名はホスゲン)、CCl4(四塩化炭素)となります。この置換により無機化合物が有機化合物になるというのも不自然です。
 有機物、無機物という分類は、物質の世界に元々あるわけではなく、人間が作ったものです。ですから、どちらにもあてはまりそうな物質があるのは当然です。

(20) ある有機化合物の構造がわかっても、それだけでその化合物の毒性がどの程度かを知ることはできません。しかし、現在では多くの有機化合物の毒性データが知られており、それに基づいて構造と毒性との間にさまざまの経験則が見出されています。それらを利用すれば、新しい化合物の毒性がある程度予測できる場合も少なくありません。ただし、その予測がどの程度実態にあっているかは調べてみないと何とも言えません。この予測法につながる基礎的内容は、「分子設計」の中で学びます。

(21) どちらかが間違いとは言えないと思います。ただし、一般に単体を対象としているのは無機化学のほうですので、無機物とするほうがありそうです。

[命名法]

(1)命名法は覚えるものではなく、規則を参照して構造に対応する名前を付けたり、名前に対応する構造を描いたりするものです。テキストやマクマリーの命名法の問題にあたっているうちに、身に付くはずです。

(2) IUPACが認めている慣用名(講義で括弧なしで使う)以外は使わないほうがいい。

(3) isomerの最初の3字を取ったもので、プロピル基の「異性体」を意味する。

(4) 全体像を知りたければ、図書室に「無機化学命名法」「有機化学・生化学命名法」という本がありますので、それを参照して下さい。

(5) 表を見て判断できればいいので、覚える必要はありません。

(6) 一つの名前の中で統一されていれば、日本語でも英語でも構いません。アルファベットで書くのは国際共通の方法です。しかし、IUPACは、各国語の文字や語法を用いて表記することを認めています。したがって、日本語の文章の中ではカタカナや漢字を用いるほうがいいのです。逆に、国内では、単に英語の綴りをカタカナにしただけの用語は誤りの場合もあります。例:○酢酸エチル、×エチルアセテート。○塩化アセチル、×アセチルクロリド。

(7) テキストの命名法ルール[15]より、接尾語となる官能基(OH)を多く含む一番長い直鎖、すなわちHOCH2C=CHCH2OHを主鎖とします。

(8) 命名法のもっと詳しい参考書を参照すれば説明がある。たとえば次のようなものがある。
日本化学会命名法専門委員会「化合物命名法」(東京化学同人)
小川雅彌、村井真二監修「有機化合物命名法のてびき」(化学同人)
廖(りょう)春栄「最新 全有機化合物名称のつけ方」(三共出版)
平山健三、平山和雄訳著「有機化学・生化学命名法 上・下」改訂第2版(南江堂)

(9) 「イソ-」などの接頭辞を付けるのは慣用的な命名法で、直鎖(ノルマル、n-)のものの異性体を指しています。炭化水素の名前では、IUPACでは他に置換基を持たない炭化水素に限って「イソブタン」「イソペンタン」「ネオペンタン」「イソヘキサン、(CH3)2CHCH2CH2CH3」の名前を使うことを認めています。また、基の名前では置換基がない場合に限って「イソプロピル」「イソブチル」「s-ブチル」「t-ブチル」「イソペンチル」「ネオペンチル」「t-ペンチル」「イソヘキシル」を使うことを認めています。
注:s-: secondary(第二級)、t-: tertiary(第三級)、ネオペンチル((CH3)3CCH2-)

(10) 2-ブロモ-3-クロロブタンが正しい。主鎖のどちらから位置番号を付けても数字が同じになるときは、より先に表される置換基の位置番号が小さくなるようにする(参考:平山ら「有機化学・生化学命名法 上」改訂第2版、南江堂、1988年、p. 13, A-2.4)。

(11) カルボン酸(R-COOH)は英語では carboxylic acid です。英語の carbon(炭素)と起源は同じでしょうが,「カルボン酸」は英語の carbon に由来する言葉ではありません。「カルボン酸」はドイツ語ではCarbonsaeuren (または Karbonsaeuren)と呼ばれます("ae" は"a"+"‥"(ウムラウト)の代用) 。saeurenはsaeure (酸)の複数形です。江戸末期〜明治期の化学はドイツやオランダの影響が大きかったので,carbonの部分は字訳して「カルボン酸」と訳したものが定着したと思われます。
 carbon を形容詞化すると carbonic になるからといって,「カルボン酸」を何も調べずに英訳すると carbonic acid になってしまいますが,これは「炭酸」(H2CO3)の意味であり,誤訳になります。ちなみに「炭酸」はドイツ後では Kohlensaeure であり,Kohlenstoff(炭素)に由来する酸という言葉の作りは日本語と共通です。
 これらの言葉の源になる Kohle はドイツ語で「石炭」のことです。だからといって, Kohlensaeure を「石炭酸」と和訳してしまうと,石炭酸は日本語では「フェノール」の慣用名ですので,これまた誤訳になってしまいます。化学に限らず,専門用語を翻訳するときは,本来の意味をよく調べてから訳語を探すことが誤訳を防ぐために大切です。
 さて,ドイツ後の Karbon は何の意味だと思いますか?調べてみるときっと意表を突かれると思います。

(12) bicyclo[1.1.0]butane(ビシクロ[1.1.0]ブタン)です。
 このように、二つの環が一本以上の結合を共有している(縮環)化合物を、ビシクロ化合物といいます。環を構成する「鎖」をbridge(架橋部)といい、3つのbridgeが集まっている原子をbridgehead(橋頭位)といいます。以下に母核の名前のつけ方を簡単に説明します。まず、冒頭に「ビシクロ」とつけます(脂環式化合物の「シクロ」と同じ要領)。次に、各bridgeを構成する原子数を大きい方から順に"."(ピリオド)でつないで、[  ](かぎ括弧)の中に入れます。最後に環を構成する原子数に対応する炭化水素名をつけます。不飽和結合や他の置換基・官能基がある場合の取扱いも通常の命名法と同じですが、位置番号の付け方には縮環化合物に特有の規則がありますので、詳しくは命名法の参考書を参照して下さい。

[結合と構造]

(1) 弱い結合がある場合と、構造にひずみがある場合とがある。

(2) 特に弱い結合はなく、ひずんだ構造をもっているわけでもないが、(i)アセトアルデヒドのほうが自由エネルギーが低く(安定。熱力学)、しかも(ii)微量のH+があるとすぐにアセトアルデヒドへの反応が起こる(活性化エネルギーが低い。速度論)ために、地球環境では長時間にわたって純粋な状態で存在することができない。

(3) Chem 3D, Scigress Molecular Editorなどが学内で使われている。後者は、WS室のPCにも搭載されている。Windows用のアカデミックフリーのソフトとしてはWinmoster(http://winmostar.com/)が有名。

(4) 論理は複雑だが、わかる。

(5) 見落とさないポイントは、「主鎖の長さと側鎖の大きさと数について場合分けをきちんとする」「(同一の構造の)重複をしっかり検定する」

(6) 方法は多数あります。IHDを何に充てるか、どのような炭素骨格を持つか、どのような官能基をもつかを考えるのが一般的な方法です。IHDが小数の場合は、たとえば、水素を一個追加して「中性分子」を作り、できたものから水素を一個取り除くというのも一つの方法です。

(7) 遊離基ともいいます。分子を構成する共有結合の一つが、電子を一つずつ分け合って切れて2つの化学種に分かれるときにできる、不対電子をもった電気的に中性の化学種のことです。

(8) 結合(共有電子対)を表す−(線、「価標」ともいう)を一切省略しないのが「完全な構造式」です。

(9) 少し加熱したり、紫外線を当てると容易にC−O・と・O−H(C)に分解します。しかし、周囲にこれと反応しやすい分子がなければ、再び結合することもあります(可逆反応)。

(10) 一つの正解はありません。数学の「場合分け」の考え方を使い、主鎖(もっとも炭素数の多い直鎖または環)の炭素数別にできるだけ幅広い可能性を引き出すことと、重複を恐れずに書くことです。書いたものをよく調べれば重複には気が付きますが、書いていない見落としには気づきません。異性体の総数を計算する方法は化学情報学の最先端の研究テーマの一つです。方法は何通りか知られていますが、簡単ではありません。

(11) Cはsp3(sp2またはsp)混成軌道を用いてσ結合を作るのに対して、Hは1sを用いてσ結合を作る。一般にこれらの混成軌道はs軌道よりも原子核から離れているため。

(12) テキスト(2-2ページ)に説明があります。

(13) 示性式は、読み取って構造式に展開できれば、それで十分です。示性式で書けないと正解にならない問題は試験では(ほとんどの大学院の入試でも)出題されません。書き方の簡単な原則はテキスト(2-2ページ)にあります。簡略化された構造式が書けるようになったら、原則に従って書いてみるといいでしょう。書いた式を他の人に見せて構造式を描いてもらい、(余計なヒントなしで)正しく構造が再現できれば、たぶん正しく書けています。

(14) 有機化学では、共有結合の原子価が不完全なものは考えません(無機化学では、CO、NOなどのように、これに該当する分子が登場します)。5価の炭素など、価電子殻では収容できない数の価電子をもつ構造は、当然、誤りになります。
 あまり多くの可能性がある場合には、条件が与えられます。研究などの現場でも、さまざまの実験結果から、官能基の種類や数などがわかっている場合が普通であり、分子式だけから異性体を考える場面は、ほとんどありません。ハロゲン原子のローンペアに酸素が配位した構造も普通は含めません(無機化学では、HOClOxなどがある)が、これも条件の中に含まれるのが普通です。

(15) いい質問です。考えられます。Cに限らず、ヘテロ原子間(NとN、NとOなど)でも考えられます。

(16) 配座異性体は構造異性体ではないので、特に指示がない限り書く必要はない。立体(配置)異性体も同じ。

(18) その「たま」はsp2混成やsp混成の炭素原子を表すために用います。互い120°になっている3つの穴を用いると、sp2混成の炭素原子を表すことができます。またこれらと直交している2つの穴は互いに180°になっており、sp混成の炭素原子を表すことができます。
 TAが持っているもっと原子数の多い分子模型(有機化学学習用C型)にはp軌道を表す板がついており、互いに180°になっている穴を用いてπ結合を模式的に表すこともできます。

(19) どちらでも構いません。それぞれに根拠があります。前者は「分子の骨格をなす原子に結合している原子(団)は、骨格原子の右に書く」という(示性式の)原則に従っています。一方、後者は「結合を表す−の隣りには、結合している原子を描くという(完全な構造式の)原則に従っています。CH3-を用いる表記は両者の中間にあるので、両方の表記が可能です。また、このことから、-H3Cはどうして不都合かがわかると思います。

(22)Na、K、Caなど電気陰性度の小さい原子(陽性の原子)とCとは、電気陰性度の差が大きいので、イオン結合を作ろうとする。しかし、一般に有機化合物中の炭化水素鎖を構成するC原子は安定な陰イオンにならないので、これらの原子とは安定な(イオン)結合を作らない。
 有機化合物の中には、例外的に安定なCの陰イオン(carbanion、カルボアニオン(カルバニオンともいう))を生じることができるものもある。一つはアルキン(アセチレン類)で、強塩基を作用させると作用させるとR-C≡C-のような陰イオン(アセチリドイオンまたはアルキニド(alkynide)イオン)を生じる(石炭化学が盛んだった昔は、高校化学の教科書でもアセチレン類の記述が今より詳しく、アセチリドのことは必ず書いていた)。もう一つ(活性メチレン化合物)については、「有機化学II」の第16章「カルボニル基のα位の反応」の中で学ぶ(のぞき見して下さい)。これらの陰イオンは、Na+などとイオン結合性の塩を作ることが知られている。

[電子状態]

(1)原子オービタルと分子オービタルのエネルギー準位の相対的な上下関係を表しています。

(2)それぞれを特徴づける結合という点では質問の通りで正しいです。二重結合は実際にはσ結合+π結合です。

(3) 2原子間に4対の電子が共存しようとすると、電子間の反発が大きくて不安定になり、より安定な別の状態になろうとする。宇宙空間にあるC2の安定な構造(ただし地上では不安定)はおそらく・C≡C・である(・は不対電子)。

(4) 炭素原子が直接結合している原子の数(単結合か多重結合かは無関係)で決まります。4個ならsp3混成、3個ならsp2混成、2個ならsp混成です。

[共役系と非局在化、共鳴]

(1)電荷が特定の原子の上だけに孤立して存在するのではなく、複数の原子上に分散している状態を「電荷の非局在化」といいます。
 非局在化は、電子の分布に偏りがあり、分子軌道間の相互作用(効果、効果)が可能な場合に起こります。

(2) 二重結合または三重結合、そしてこれと陽イオン(空の2p軌道)、陰イオン(電子対の入った2p軌道)とが隣接していても(共役系)起こります。

(3) 通常は受けません。ただし、さまざまの構造上の条件からπ電子雲が重なるほど空間的に接近した場合には、(共役系の場合のような結合経由の相互作用ではなく)空間経由の相互作用が生じます。

(4) あります。二重結合の場合と同じです。

(5) できません。一個の電子の位置を正確に定めることはできません(不確定性原理)。また、炭化水素系では、左右のπ電子が「二つのπ結合の間」に非局在化する確率は等しいですので、どちらの電子のほうが「二つのπ結合の間」にある可能性が大きいともいえません。

(6) 非局在化しているとは、「局在化した状態から非局在化した状態へ変化する」ということではなく、「古典的な結合理論に基づく構造式では局在化しているように思われる電子が、実際には構造式から予想されるのとは違って、特定の原子間を超えて拡がっている」状態を指します。「変化する」と考えるのは前提が間違っています。

(7) 値はわからないが、順序、大小などの傾向程度はわかる場合に用いる「俗語」です。正しくは「定性的」というべきです。ただ、「定性的」は「あるか、ないか」「変化するか、しないか」しかわからない場合にも用いるので、これよりはもう少し詳しいことがわかる場合にしばしば用います。

(8) 電荷をもつ原子、非共有電子対や(あまりないが)空のp軌道をもつ原子、極性のある二重結合、極性のない(C=C)二重結合の順に注目します。

(9) ひっくり返せば全く同じ構造になるのは、分子の対称性がいいからです。しかし、同じ原子に注目すると電子の局在化の様子が違いますので、限界構造式としては同一ではありません。そのため、片方を省略すると、電子の非局在化の様子を正しく表現することはできなくなります。分子の対称性がいい場合には、このことを逆に利用して、限界構造式を抜かりなく探すことができます。

(10) π電子の非局在化の程度の違いによるものです。ベンゼンのような場合を除いて、π電子は共役系全体にまったく均等に非局在化しているわけではなく、π電子が少し少なくなった二重結合と、少しπ電子が入ってきた単結合が交互に並んでいるのです。

(11) 不対電子が2つあるもので考えても構いません。しかし、このような問題で電子が非局在化する範囲を考える時には、対イオン(「プラスとマイナスに分かれている」もの)で考えても同じ結論が導き出せます。そこで、普通は対イオンで考えます(やや高度な内容なので本講義では扱いませんが、重要な概念である「芳香族性」を理解するには対イオンのほうが適しています)。

(12) 対イオンは、電子対が局在化している分だけπ電子(非局在化している)の数が少なくなりますので、もとの構造に比べると不安定と考えられます(どちらも現実には存在していない構造なので実際のところはわからない)が、正負の電荷が隣接していない構造は、共鳴を考えるときには考慮に入れます。ブタジエンと同様に、そうしてはじめてこの化合物でのπ電子の非局在化が理解できます。

(13) それで構いません。しかし、炭素の原子価を把握したり、「有機化学(2)」で学ぶ「電荷の非局在化」(共鳴効果)を理解するには、ケクレが提案した単結合と二重結合を交互に描く構造式のほうがわかりやすいので、ほとんどの化学者はケクレ構造で描き表します。しかし、それによって「6つのC−C結合はまったく同じ長さであり、区別できない」というベンゼン環の実態が変わるわけではありません。

[構造と性質の関係、水素結合]

(1) 分子間力が大きくなるので、大きなエネルギーを与えないと液体の状態にある分子同士を互いに引き離すことができないからです。

(2) 一般的には水素結合のほうが分子間力としては強いですが、極性の大きな分子では、弱い水素結合に匹敵するほどの分子間力を示す場合があります。

(3) あり得ます。分子は多数あるので、中には二個の水素原子と水素結合しているものもあれば、まったく水素結合していないものもあります。また、液体では常に動き回っていますので、時間と共に水素結合の様子も変化しています。図示しているのは平均的な様子です。

(4) 極性の大きい分子は、水分子に取り囲まれると極性分子間の相互作用を起こすからです。これを一般に「溶媒和」特に水の場合「水和」といいます。水分子は特に水素結合しやすいので、水素結合する分子は水中では周りを取り囲んだ水分子と水素結合して安定化します。このため水に溶けやすいのです。

[立体化学]

(1)分子模型を使って慣れることがもっとも効果的です。

(2)Fischer投影式から立体構造を想像できるようになりさえすれば、難しくはありません。それより簡単な見分け方は、それから自分で工夫して下さい。

(3)対称面がなければキラル(光学活性)です。

(4)「シラバス」とホームページに例を挙げています。題名に「立体化学」と書かれている本ならたいてい、一回の飲み代か十日分のタバコ代でおつりが来ます。「日本理学書総目録」(生協の注文カウンターにあるはず)を参照して下さい。

(5) どちらでも正しいです。異性体を個々に区別するときには、一般により細かい区別のできる立体異性体の命名法を主に用います。

(6) 舟形は確認されていません。ねじれ型の間の遷移状態と考えられています。ねじれ型は観測されています(「化学と教育」40巻5号306ページを参照)。

(7) 不斉炭素原子から出ている4つの結合に注目します。

(8) Fischer投影式は、立体配置(Configuration)を化学式で表現するためのもっとも便利な方法です。しかし、反応を含めて、立体化学を理解するためには、必ずしも便利とは言えません。一つの理由は、立体配座(Conformation)の情報を持っていないからです。特に反応の立体化学を考える際には、立体配座を明記しないと理解できません。また、環状化合物の環にある不斉炭素の立体配置を示すにも不便な場合があります。

(9) 各異性体の存在比が実験的にわかれば、それから求めることができます。実験的に観測が難しい場合には、理論化学的な計算によって推定します。
 専門的に必要になる場合以外は、数値そのものは重要ではありません。順序の傾向とそれを決める要因(空間的な広がりの程度(「かさ高さ」))がわかっていて、分子模型などを思い浮かべて(作って)判断できれば十分です。テキストの表の数値の暗記などは無意味です。

(10) 炭素骨格が平面六角形だと仮定すると、各炭素原子の置換基は平面の上と下に一つずつあるはず。このとき、上(下)にある置換基同士の関係がcis、上にある置換基と下にある置換基の関係がtransになる(環反転が起こってもこの関係は変わらない)。平面に近づくように、分子模型を少しひねってみればわかる(ひねりすぎると結合が折れるので注意すること)。
 ねじれ角の大きさでは区別できない。隣接する置換基でねじれ角が60度の場合、axialとequatorialならcisだが、equatrial同士はtransである。

(11) 糖やほとんどのアミノ酸では決まっていますが、あらゆる光学活性物質について上下が規定されているわけではありません。また、あくまでガイドラインであり、従わないと誤りというわけではありません。もちろん、糖関連物質などでは、従ったほうがコミュニケーションが行いやすくなります。

(12) 「フォックス・ホワイトセル 有機化学」の278〜279ページに簡単なものについて説明がある。実際にはどれがより安定かについて定性的な比較ができれば十分で、エネルギーの値を求めることは次の段階である。

(13) 同一の構造に対応するものを2つ以上書くこと(試験では、同一性を見分ける問題でなければ減点対象にはならないが、同じものを2回数えた結果として、書くべき構造を見落としたら減点される)。原子価が間違っているもの。

(14) 絶対配置と同じ意味で、不斉炭素原子がある場合はそのまわりの置換基の配置のことで、RSで表します。

(15) 不斉炭素原子に限って答えます。sp3混成の炭素原子についている4つの置換基がすべて互いに異なる場合に不斉炭素原子といい、キラル中心になります。
 分子にキラル中心があっても、キラル(あるいは光学活性)ではない場合もあります(例:ラセミ混合物、meso体)。

(16) 対応していません。両者の間には論理的・経験的な関係はありません。

(17) 構造式や立体構造から旋光性を説明・予測できる簡単な理論や経験則は知られていません。

(18) EZはどのような場合にも使えます。IUPACの勧告にも沿っていますので、こちらを使うのがいいと思います。cistrans を使うときは、注目する置換基(2つ)を指定するのが原則です。ただし、アルケンの各炭素の水素原子を一つずつ他の置換基で置換した場合(1,2-二置換アルケン)には、注目する置換基は自明ですので、指定しないで使われます。

(19) どちらも同じ構造式を表し、名前は(Z)-1,3-pentadiene で同じです。
 ただし、どちらも安定な配座異性体(第6章で学ぶ)であり、形は異なります。配座異性体を区別するときには、左はap (anti periplanar) 形、右はsp (syn periplanar) と呼んで区別します(詳しくは、参考文献の欄にある「立体化学」の参考書をご覧下さい)。

(20) 単結合は速やかに回転できますが、第6章で学ぶ安定な配座が変わるために、形が変わる場合があります。また、結合の長さや結合角は、最適の長さや角度を基準として、常に振動していますので、分子内の原子の相対的な位置はいつも一定なわけではありません。いいかえれば、(単原子分子以外の)分子は結合の振動や回転のために、常に形を変えているのです。炭素原子に結合している原子が変わると、結合の長さが変わるために、分子内の他の原子とのぶつかり合いが生じ、そのために最適な長さや角度が変わることはよく起こります。

(21) 共有結合には、それぞれ最適の長さ(結合長)や結合間の角度(結合角)があります。実際の分子の結合長や結合角が、最適の大きさからずれる(これを「ひずみが生じる」または「ひずむ」という)には、それだけのエネルギーを与える必要があります。ひずみが生じるために必要なエネルギーをひずみエネルギーといいます。
 結合長や結合角に関するひずみエネルギーの大きさは、ひずみがそれほど大きくない範囲では、ひずみの大きさの二乗に比例します(バネに関するHookeの法則と同じ。物理学の言葉では「調和振動子近似が成り立つ」)。
 ひずみエネルギーの大きさは、通常は分子1 mol あたり(J mol-1など)で表します。しかし、環状飽和炭化水素のひずみエネルギーを比較する場合には、結合角1つあたりのひずみエネルギーで比較した方が、結合角の(109.5°からの)変化によるひずみエネルギーへの影響を明確に見て取ることができます。その時は、環を構成する炭素原子1 molあたりのひずみエネルギー(J mol-C-1など)を用いて比較します。
 以下では、ひずみエネルギーの影響を、化学熱力学の言葉を使って説明します。ひずみのある分子は、ひずみエネルギーの分だけ大きな内部エネルギーをもちます。すなわち、それだけ大きな自由エネルギーを持っているので、ひずみの小さい(自由エネルギーの小さい)異性体への異性化反応はそれだけ起こりやすくなります。また、炭化水素の場合は、その分だけ燃焼エンタルピーが小さくなります。

(21-2) ひずみエネルギーの物理的な原因は場合によって異なりますが、いずれも共有結合を構成している電子のエネルギーが関わっています。
 結合距離が大きくなると、結合電子と原子核との距離が大きくなり、電子の非局在化による安定化の原因である静電引力が小さくなります。量子化学ではこれを、分子軌道を構成する原子軌道同士の重なり(結合性の相互作用)が小さくなり、相互作用エネルギーが小さくなると説明します。結合距離が小さくなると、(負の電荷を持つ)電子どうし、(正の電荷を持つ)原子核どうしの距離が小さくなり、静電的反発が大きくなります。
 2つの結合の間の結合角が小さくなると、これらの結合電子どうしが接近するので、静電的反発が大きくなります。結合角が大きくなると、こんどは他の結合電子との距離が小さくなり、やはり静電的反発が大きくなります。
 このように、引力と反発力のバランスの中で、最適の結合距離と結合角が決まっています。

(22) どちらも誤りではありません。IUPACの立体化学用語法(Basic Terminology of Stereochemistry)では、一時、「幾何(geometrical)異性(体)」という用語を使わないで「シス・トランス(cis-trans)異性(体)」を使う方向の勧告が出たことがあります(1996年の勧告)。しかし、その後、錯体化学で取り扱う幾何異性の中に「シス・トランス異性」の定義では分類できない(他の「立体異性」にも分類できない)ものがあり、「幾何異性(体)」の名称を残さないと不都合のあることが指摘されています。また、cis-, trans- の表記を使わないで E, Z を用いることを推奨しながら、異性体の分類では用いるという矛盾に対する指摘もあります。このため、最近では「幾何異性(体)」の名称を残す方向で検討がなされています。

(23) "chir(o)-" は「手(の)」を意味する接頭辞として、英和辞典に出ています。語源は古代ギリシア語の "kheir" (手)" に由来するようです。(左右の区別がある)「手のような」という意味から派生しているようです。詳しくは、ウィキペディアで「キラリティー」を検索して下さい。

(24) 混合物の分離は、一般に物理化学的性質の違いを利用して行います。そのため、鏡像異性体と違って、物理化学的性質の異なる物質同士の分離法を見つけるのはそれほど困難ではありません。

(25) 難しい質問です。旋光性はもともと鏡面対称性をもたない(不斉な)結晶で(光の異常な屈折である「複屈折」として)見出されていました。不斉な構造は、空間に電磁気的な「ねじれ」を引き起こす可能性があります。その「ねじれ」が光のような電磁波と相互作用すると、電磁気的な相互作用により電磁波の振動面に影響が及ぶと考えられます。ウィキペディアで「旋光」を検索すると、詳しい物理的な原理が説明されています(これだけが難しい)。このページには、旋光性に関係のある他のいくつかの基本的な概念が、わかりやすく説明されています。一度訪ねると良いでしょう。

[天然物有機化学]

(1) 化学辞典や国語辞典「精油」の項に載っていますので見ておいて下さい。
 植物から取れる揮発性、特有の香りをもつ油状の液体。多くは水に溶けない。香水その他の香り成分として化粧品、せっけん、食料品などに用いる。化学的にはテルペン類と呼ばれるC10またはC15の各種化合物またはフェノール類が多い。

(2) 第一に、核磁気共鳴法(NMR)のような構造決定のための優れた手段が普及し、全合成を行うまでもなくたいていの構造を決めることが可能になったこと。第二に、よい単結晶が手に入り、X線結晶解析を行うことができれば、たいていの天然物の構造は間違いなく決定することができるようになったこと。この2つが大きな理由です。また、有機合成の技術が進歩し、複雑な化合物でも全合成できることがわかってきたために、(皮肉な話ですが)合成化学者にとって全合成が昔ほど魅力的な研究テーマではなくなったこともあります。それでも、NMRで決定的な結論が得られず、よい結晶が得られないときは、全合成で結論を出すことが今でもあります(時には提案されていた構造が全合成で覆ることもあります)。

(3) 天然物のような複雑な有機化合物を、構成する元素の単体から出発して、化学反応を組み合わせて合成すること。実際には多数の有機化合物が単体から合成できることがわかっているので、そのような有機化合物を出発物質として合成する。
 天然物の分子構造を確認する手段であると同時に、有機合成化学の限界に挑戦してその可能性の幅を広げる研究でもある。

(4) あります。酢酸カーミンは、カーミン(carmine)という色素の酢酸水溶液です。この色素の正体はcarminic acidつまりカルミン酸です。

(5) 私たちの体そのものが有機物であり、成長し、また体を維持するためには有機物が必要です。また呼吸により有機物を酸化して、生きていくためのエネルギーを手に入れています。このために多種多様な有機物を体内に取り込んでいます。その一方で、酸素、水、食塩やその他のミネラルなどの無機物も、実際にはたくさん取り込んでいることも見逃せません。

(6) 藍の成分である藍色の染料はインジゴと呼ばれ、下記のような構造をしています。
貝紫の成分である6,6'-ジブロモインジゴと同じ炭素骨格をもっています。


[電子効果]

A1. いい質問です。アルキル基が電子供与基に分類されるのは、(1)陽イオンを安定化させる、(2)陰イオンを不安定化させる(授業の範囲では出てこない)、(3)アルキルベンゼンの双極子モーメント、(4)アルキルベンゼンの求電子置換反応での反応性などの振る舞いが、電子供与基のもつ性質と共通しているからです。
 その理由はC-H結合の極性のためにCの電子密度が大きくなり、やや負に帯電しているためだとするのが一般的ですが、他にもいくつかの説明があります。簡単なようでいてもっとも難しいのが炭化水素基の振る舞いです。
 生体内でも、核酸塩基にメチル基がつくと、その挙動がまったく変わることが知られています。

A2. します。酸素原子のもつ非共有電子対は、隣接するπ電子系と同一平面になることができるので、共役系を構成し、π電子系の方へと非局在化することができます。これを共鳴式で表すためには、酸素の非共有電子対を共鳴構造に関与させる必要があります。
 一方、カルボニル基の酸素の非共有電子対は、π電子系と同一平面にはありませんので、π電子系の共鳴には関与しません。
 こういうことも、分子模型で考えるとよくわかります。

A3. π電子の非局在化が大きいと、分子の分子オービタルのエネルギー純位は下図のようになり、電子の入っている一番上の結合性オービタル(HOMO)と、電子の入っていない一番下の反結合性オービタル(LUMO)とのエネルギーの差ΔEが小さくなります。Planckの式
   ΔEhc/λ
より、ΔEが小さくなると、分子により吸収される電磁波の波長λは大きくなります。

A4. 紫外線・可視光の吸収スペクトルは共役π電子系の電子状態の変化によって変わります。メチルオレンジはpHが小さくなると窒素原子の非共有電子対にプロトンが結合するため、この非共有電子対が共役系から外れます。この電子状態の変化によって、上の(3)に記したように吸収スペクトルが変化し、目に見える色が変わります。他の指示薬の変色も同じような原理によります。メチルレッドの構造は「化学辞典」などを見て下さい。

A5. 炭素陽イオン(carbocation)の中心炭素はsp2混成であり、2p軌道には電子が入っていません(下図(a))。炭素陰イオン(carbanion)の中心炭素は、共役系に含まれていない場合はsp3混成で、他の原子と結合していないsp3軌道に電子が2個入って非共有電子対となっています(下図(b))が、共役系に含まれている場合にはsp2混成となり、2p軌道に電子が2個入って非共有電子対となっています(下図(c))。この非共有電子対が共役系へと非局在化することは、共鳴効果(+R効果)として説明されています。
  

A6. あります。正電荷が共役系に非局在化すると、共役系は電子不足になり、求核試薬の攻撃を受けやすくなります。逆に負電荷が共役系に非局在化すると、共役系は電子過剰になり、求電子試薬の攻撃を受けやすくなります。

A7. それぞれの効果の特徴については第1回で説明しました。両者が同時に働くのは、根元にN原子やO原子をもついくつかの官能基の場合です。これらの原子の電気陰性度が炭素より大きいことからもわかるように、誘起効果では炭化水素骨格から電子を引っ張ります(-I効果)。一方、これらの原子が非共有電子対をもっていて、それが共役π電子系に接している場合には、A2に書いたように共鳴効果によりこの電子を共役系に与えるように非局在化します(+R効果)。共役系ではR効果が大きな影響を及ぼすので、多くの場合、I効果を考慮する必要はありません。
  

A8. 電子の分布を考えるにはどちらか一方から考えれば十分ですので、意識的に理解に時間のかかる+R基のほうから説明しました。実際には両方の効果がベンゼン環に働いています。完全な共鳴構造式を描くには、それぞれを考えた限界構造式をすべて描かなくてはなりませんが、これは面倒な作業ですので、大学院の試験でも求められることはありません。練習のつもりで、NO2基から考えて、残りの限界構造式を描いてみて下さい。電子の分布について同じ結論が得られるはずです。

A9. ほとんどすべての「有機化学」の教科書に必要最小限のことは書いてあり、その応用例は「酸と塩基」「芳香族求電子置換反応」「カルボニル化合物の反応」をはじめとして、あらゆる教科書全体にたくさんちりばめられています。「クラム有機化学」「パイン有機化学」「ソロモン有機化学」「マクマリー有機化学」などの分冊になっている本には、たいてい多少詳しい説明があります。「有機電子論」「有機反応機構」をテーマとする本にも説明があります。図書室には「有機化学」に関する上記のような本がたくさんありますので、「フォックス」の説明でわからなければ、わかりやすいものが見つかるまで読み比べてみることをおすすめします。向き不向きには個人差がありますので、自分に合ったものを自分の手で見つけることも大切な勉強です。
 構造式も共鳴式も、有機化合物の実態(たとえば「電子の非局在化」)を理解するためのモデルです。優れたモデルほど実態をよりよく反映していますが、モデルは「真の実態」そのものではありません。(1) ルールに沿って正しいモデルを作ると共に、(2) モデルと実態との関係を理解することが、モデルを通じて実態を理解する上で重要なことです。

A10. 「真の構造により近い」ということです。描かれたいくつかの限界構造式から真の構造(電子の非局在化している様子)を理解しようとするときには、「寄与の大きい」限界構造式に、より多くの重みをつけて考慮すればいいということです。

[酸と塩基]

A1. 水素結合は空間経由の相互作用なので、ドナーとアクセプターの位置関係によってその影響は異なってきます。水素結合が著しい影響を与える一例をテキストに紹介しました。

A2. 等しいように見えるのは偶然です。pKaの値についてはもう一桁詳しい報告もありますが、数値そのものや大小関係はそれほど重要ではないので、講義資料では丸めて表しています。
 CH3置換体の挙動がp-NH2と同様である点については、FAQのページの「有機化学II関係」[電子効果]Q1.を参照してください。

A3. 過酢酸(CH3COOOH)のpKaは約8.2で、酢酸(pKa約4.7)よりも弱い酸であることがわかります。共役塩基の安定性を比べてみてください。

A4. 混成軌道の種類による形と広がりの違いが関係しています。同じ原子の作る混成軌道では、sp3混成軌道のときに、原子核からもっとも離れたところまで広がっているため、H+が配位結合しやすいからです。混成軌道は、sおよびpの原子軌道をもとにして作られているので、sp3混成軌道ではp軌道の性質が相対的に顕著に現れ、sp混成軌道では逆にs軌道の性質が顕著に現れます。s軌道の電子雲は原子核から比較的近い位置に分布し、p軌道の電子雲のほうが原子核から離れた位置に分布します。したがって、p軌道の性質が相対的に顕著に現れるsp3混成軌道の電子雲のほうが、原子核から離れた位置に分布します。混成軌道の「拡がり」については、このページを見て想像して下さい。

[有機化学反応概論]

A1. 詳しい機構は15章で扱います。アルコールのOH基と結合した炭素はsp3混成であり、カルボキシル基のOH基と結合した炭素はsp2混成です。一般にカルボニル炭素のほうがアルコールの付け根の炭素よりも求核試薬の攻撃を受けやすいのです。その理由は構造式と分子模型をよく検討すれば大体見当がつきます。

A2. 一般的には決まっていません。有機化学では、「有機化合物」に「試薬」が接近するという表現が一般的ですが、規則ではありません。ずっと重要なのは、「電子がどこから出てどこに行くか」です。

A3. H+は求電子試薬(E+)の一種です。一方、すべての求核試薬(Nu-)は、強さの差はあっても、同時に塩基(B-)でもあります。酸(H+)に向かって攻撃する場合に限って塩基(B-)と呼びます。
 このような不整合性は、H+を相手に与えるものを酸と見なすBrfnstedの酸・塩基の定義に起因するものです。これに対して G. N. Lewis は、電子対供与体を塩基、電子対受容体を酸と定義することにより、酸・塩基の概念を拡張しました。この定義によると、すべての求核試薬が同時に塩基であるのと同様に、すべての求電子試薬は酸であることになり、上のような区別は意味をなさなくなります。

A4. 次の手順で考えるとわかりやすいと思います。
 まず、反応系に酸または塩基があるかどうかを判断する。次に、酸化剤・還元剤、そして求核試薬・求電子試薬が存在するかどうかを判断する。
 次いで、これらがどこに作用するかを判断する。反応の起こりやすい位置(電荷、極性結合、非共有電子対、π電子)を判定する。また、適当な脱離基があるかどうかを判断する。
 以上を基にして、何が起こるかを検討する。
 詳細は2つ下のA6を参照して下さい。

A5. 多くの反応系では、反応の進行とは無関係のいくつもの化学平衡が生じています。反応経路は決して一本道ではありません。自分で反応を考えるときにうまくいかないのは、(a)反応の進行に必要な化学平衡に気がつかない場合(対策:見落としている経路がないか探す)と、(b)反応の進行に無関係な化学平衡にとらわれている場合(対策:袋小路に陥ったら戻って別の経路を進む)とがあります。
 迷路を解くのに似ていますが、袋小路にはちゃんと目印があります。それが見分けられるようになれば、反応生成物に到達するのが容易になるでしょう。

A6. 概要は2つ上のA4と同じです。有機化学反応を一通り学んだ人のための詳しい説明を「まとめ 有機化学反応の考え方」(PDFファイル)にまとめました。

A7. 2つの異なる有機化合物R1-XとR2-Yから、より大きな(炭素数の多いI有機化合物R1-R2が生じる反応。
  R1-X + R2-Y → R1-R2 + X-Y
置換基X、Yおよび用いる触媒を適切に組み合わせることによってうまくいくことがある。この組み合わせの発見が2010年のノーベル化学賞の対象となった業績。詳細はWikipedia等で調べて下さい。

A8. ある化合物がその異性体に変化する反応。

A9. 「燃えにくい」という言葉はいろいろな視点から考える必要があります。以下ではハロゲンとして塩素を例として考えます。
(1)まず、酸化されにくい(酸素との反応が遅い)という視点から考えてみます。
 炭化水素の酸化反応は、酸素原子やその他のフリーラジカル(遊離基)中間体によるC-H結合の水素引き抜き反応により進行する反応です。一般に水素原子はフリーラジカルによる引き抜き反応を受けやすいので、水素原子がすっかり酸素原子に置き換わって、二酸化炭素と水になるまで進みます。一方、C-Cl結合では、これと対応する塩素原子の引き抜き反応は非常に起こりにくいのです。・OHラジカルによる水素引き抜き反応の活性化エネルギーの例を下の表に示します。四塩化炭素からの塩素原子の引き抜き反応の活性化エネルギーが大きいことがわかります。

反 応

活性化エネルギー
/kJ mol-1*
・OH + CH4 → H2O + ・CH3

14.6
・OH + C2H6 → H2O + ・CH3

8.6
・OH + CCl4 → HOCl + ・CCl3

18.8
*日本化学会編「改訂5版 化学便覧基礎編II」丸善(2004), p. 386より抜粋.

(2)燃え続けるためには、反応によって熱が供給される必要があります。
 ここでは、切断されるC-H結合とC-Cl結合および生成するO-H結合とO-Cl結合に着目して、結合解離エネルギーを用いて反応熱を比較してみます。下の表は、関係する各結合の結合解離エネルギーをまとめたものです。H-C結合がH-O結合に組み変わる反応は多少なりとも発熱反応であるのに対して、Cl-C結合がCl-O結合に組み変わる反応は明らかに吸熱反応であることがわかります。このことからも、ハロゲン化炭化水素のほうが燃焼には不利であることがわかります。

結 合

結合解離エネルギー
/kJ mol-1*

H-C

414〜432

H-O

435

Cl-C

342

Cl-O

202
*日本化学会編「改訂5版 化学便覧基礎編II」丸善(2004), p. 316より関連しそうな値を抜粋.

 以上の結果は、ハロゲン化炭化水素自身が完全燃焼しにくいことを示しています。

 ハロゲン化炭化水素自身が燃えにくいことはわかったと思いますが、これらはC-H結合をもっていて酸素との反応は起こり、さまざまのハロゲン化合物が生じますので、消火剤に用いるには向いていません。そこで、消火剤にはC-H結合をもたないハロゲン化炭素(四塩化炭素、ハロンなど)が使われます。これらの化合物は、上記と同様の理由からきわめて難燃性であることに加えて、次のような性質をもっています。

  • 液体であり、沸点が高く、気化熱が大きい。
  • 気体の密度が空気よりずっと大きいので、気化しても下方に滞留し、空気(酸素)を遮断することができる。
  •  この結果、多くの初期消火の現場で

    という燃焼に必要な三要素を分断することができますので、消火剤として好適なのです。

    [求核置換反応]

    A1. これらは反応をその機構で分類するための記号です。SはSubstitution(置換反応)、NはNucleophilic(求核的な)のそれぞれ頭文字から取ったものです。1や2の数字は、律速段階に関与する分子数を示します。したがって、SN1は一分子求核置換反応、SN2は二分子求核置換反応を表します。さまざまなタイプの反応に対応する記号が用意されていますが、専門家以外でも知っている必要があるのは、SNの他にはE(Elimination、脱離)とE(Electrophilic、求電子的な)くらいです。

    A2. 反応機構が違います。
     SN1では、反応物からまず脱離基が取れて炭素陽イオンが生成します。この段階が律速段階です。生じた炭素陽イオンに、求核試薬は速やかに反応するので、反応速度は求核試薬の種類や濃度が変わっても変化しません。第三級の炭素に脱離基が結合している場合など、安定な炭素陽イオンが生じる場合にはこの機構で求核置換反応が起こります。
     SN2は、安定な陽イオンが生じない場合に起こります。反応物に求核試薬が攻撃すると同時に、脱離基が取れて生成物が生じます。したがって、律速段階には反応物と求核試薬の両方が関与します(二分子反応)。したがって、反応速度は、反応物の濃度だけでなく、求核試薬の種類や濃度によって変化します。第一級の炭素に脱離基が結合している場合などは、通常はこの機構で求核置換反応が起こります。
     第二級の炭素に脱離基がついている場合には、求核試薬や反応条件によってどちらか一方だけが進行したり、両方が同時に進行したりします。一般に、強い求核試薬の場合ほどSN2が起こりやすく、弱い求核試薬の場合には(SN2が起こり難いため)相対的にSN1が起こりやすくなる傾向があります。

    A3. 暗記するのは別に構いません。しかし、大切なのは各反応機構の本質(どのようにして起こるか、どのような場合に有利か)を理解することです。表はそれを簡潔に整理したものでしかありません。理解なしにただ暗記しても、判断するのには役に立たないでしょう。
     理解の助けとなるQ&Aが上下にあります。のぞいてみて下さい。

    A4. CH3CH2OHのC-O結合は、NaOHの場合と異なり、共有結合です(しかもC-Cより強い)。OH基は弱い脱離基なので、CH3CH2OHなどからひとりでにOH-が脱離することはありません(だからエタノール水溶液は中性ですし、有害なOH-の生成を心配することなく、大人はこれを飲んでその生理作用を楽しむことができるのです)。C-O結合が切れるのは、(2)のように、酸性条件下でプロトン化してOH2+(=よい脱離基)となり、OH2(水)として脱離する場合がほとんどです。OR基も同じです。

    [脱離反応]

    A1. β位の水素がとれやすいのは、テキストに示したような自然な電子の流れが起こり、二重結合ができるからです。この講義では扱いませんが、α脱離もあります(下図)。α脱離は、β脱離が不可能な場合に、より強塩基性の条件下で起こります。比較的酸性を示すH+が塩基により奪われることにより反応が開始する多段階反応であり、β脱離とは反応機構が異なります。
     脱離基に対して(β位でなく)γ位の水素が酸性の場合に塩基性条件下で起こり、三員環を生じる環化反応をγ脱離と呼ぶことがあります。こちらも、比較的酸性を示すH+が塩基により奪われることにより反応が開始する多段階反応です。脱離反応ではなく分子内の求核置換反応(SN2反応)と考えるのが普通です。

    A2. この結合が切れると不安定なCH3+イオンが生成することになります。また、生成したCH3+イオンからは、アルケンのような安定な生成物はできようがありません。

    [付加反応]

    A1. RO・は、HBrの水素原子と反応して(「水素引き抜き」という)ROHとなり、Br・が生じます。Brと反応しないのは、O-H結合のほうがO-Br結合より安定なためだと説明されています。できたBr・がアルケンのπ電子を攻撃してBrCH2-CH2・ができ、今度はこれがHBrの水素原子と反応します(ラジカル連鎖反応)。したがって、このような機構で反応が進む限り、H・は生成しません。

    A2. まだよくわかっていません。プリントに書いてある酸素が3つならんだ五員環の中間体(A3 の下図参照)にも確証はありません。この中間体からどのような経路でC-C結合が切れ、オゾニドに至るのかは、いろいろな推論はされていますが、直接の実験的な証拠はありません。次の回答にそうした推論の一つが示されています(詳しくは稲本「反応論による有機化学」(実教)などを参照して下さい)。

    A3. オゾンの共鳴式を描くと下のようになります。

    これとアルケンとの反応は、他の類似の試薬の反応(1,3-双極付加環化反応)からの類推で下のように考えられています。


    中間体Iに至る反応ではアルケンがπ電子をオゾンに与える形になりますが、このときにO-O単結合が弱くなることはありません(この点が過酸の場合と違います)ので、最初の段階でエポキシ環ができることはなさそうです。しかし、中間体Iから下図のような経路の反応がどうして不利なのかを理解するのは容易ではないと思います。

    上のオゾニドに向かう経路と比較するとき、考えられる可能性は、
    (i) Iの次の中間体では不安定な−O+が生じている、
    (ii) 酸素分子の生成に伴うエネルギー程度では、ひずみの大きいエポキシ環の生成の駆動力としては不十分、
    などです。

    A4. 遊離基(free radical)の略称。共有結合(単結合)の左右の部分(原子または基)がそれぞれ電子を一個ずつもつように結合が切れたときに(ホモリシス)生成する不対電子をもった中性の化学種。一般に不安定で反応性に富む。

    [芳香族求電子置換反応]

    A1. 活性化基が複数ある場合には、もっとも強い活性化基で決まります。同じ基が複数ある場合など、条件が同じで位置が特定できない場合には、可能性のあるすべての生成物ができます。

    A2. 「フォックス・ホワイトセル有機化学」689ページ。

    A3. もっともな疑問です。
     まず誤解している点から。反応のエネルギー図は、反応物(ベンゼン+臭素)と生成物(ブロモベンゼン+臭化水素)のエンタルピーを比較しているのであり、ベンゼンとブロモベンゼンではありません。
     これは、熱力学データに基づいて議論するときに注意しなくてはならない点の一つです。ベンゼンとブロモベンゼンは異性体ではないので、熱力学的な比較により安定性を議論するのは困難です。
     また、マクマリーの当該箇所には「ベンゼンよりもブロモベンゼンのほうが安定である」とは書いていません。「正確に引用する」ことは、引用するときにもっとも注意すべき点の一つです。多くの議論のすれ違いは、真意を誤解した(あるいは「ねじ曲げた」)引用に端を発しています。
     次に、安定かどうかは、「何に対して」を明記しないと意味がありません。たとえば、熱には安定でも水とは反応することがあります。生成熱が大きいからといって、より安定であるとは限りません。
     確かにBrが誘起効果でπ電子も引っ張りますので、いわゆる「ベンゼン環の共鳴エネルギー」だけを考えれば、共鳴による安定化は小さくなります(しかし、求電子置換反応に対しては安定になります)。しかし、同時にC-Br結合は(飽和のCに結合した場合と違って)π電子の非局在化により部分的に二重結合性をもちますので、(飽和のCに結合した場合よりも)結合解離エネルギーは大きくなっています。
     最後に、問題のエンタルピー差(発熱反応)にもっとも大きく寄与しているのは、おそらく臭素分子と臭化水素分子との生成熱の差でしょう(化学便覧で調べればたぶんわかります)。

    A4. (理学部化学科の大学院入試でも決して出題されません。)おそらく亜硝酸の起こす他の反応からの類推だと思われますが、次のような機構が提案されています[P. Sykes(久保田訳)「有機反応機構・第5版」(東京化学同人)129ページ]。

    [カルボニル化合物の反応]

    A1. どちらも同じように考えることができます。ヒドロキシルアミンとの反応も含めて、下に記しておきます。
    Acid-catalyzed Reaction with R-NH2 (Primary amines, oximes, and hydrazines): Addition-Elimination Mechanism

    A2. いい質問です。確かにこちらも一部はプロトン化されます(酸塩基平衡)。しかし、上の反応でプロトン化されていない原料が消費されると、この速い可逆反応はプロトン化とは逆の方向へと進行します。
     実際、多くの反応系では、反応の進行とは無関係のいくつもの化学平衡が生じています。カルボニル化合物の反応のような多段階反応の場合はこれが特に顕著であり、反応経路は決して一本道ではありません。自分で反応を考えるときにうまくいかないのは、(a)反応の進行に必要な化学平衡に気がつかない場合(対策:見落としている経路がないか探す)と、(b)反応の進行に無関係な化学平衡にとらわれている場合(対策:袋小路に陥ったら戻って別の経路を進む)とがあります。
     迷路を解くのに似ていますが、袋小路にはちゃんと目印があります。それが見分けられるようになれば、反応生成物に到達するのが容易になるでしょう。

    [酸化反応]

    A1. どちらの条件下でも働く場合には、一般に酸性下のほうが酸化力が強いです。酸化剤は一般に電子が不足していますが、酸性下では酸化剤あるいはこれから生じる反応中間体にH+が結合し、電子不足の状態を生じやすいと考えればいいと思います。

    A2. この反応では、水素分子は白金などの触媒となる金属の表面に吸着し、半ば解離して白金と結合したような状態になります(下図I→II、化学吸着といいます)。これにアルケンが平面の一方から接近し、白金表面の水素と結合します(下図II→III)。このため、cis付加の生成物が得られます(下図IV)。