演題 インターネット環境での学術論文の投稿・査読・公開システムについて
発表者
(所属)
伊藤 眞人、(創価大工)
連絡先 〒192 八王子市丹木町1-236 創価大学工学部生物工学科
キーワード インターネット、学術論文、投稿、査読、ネットワーク

  1. はじめに

     インターネットの普及に伴い、学術論文のネットワーク公開が一部で実現している。誰も がインターネットを利用できるようなると、公開だけでなく学術論文の投稿・査読システ ムにもネットワークが活用されるようになる可能性がある。そこで、ネットワークの普及 に伴って学術論文公開システムがどのように変わるかを考えるための手がかりを見出すこ とを目的として、ネットワーク環境だけの利用を前提とした学術論文の投稿・査読・公開 システムについて一つの可能な姿を示し、その特徴と問題点を考察した。

  2. 概要

     インターネットでの情報公開に対しては、印刷と送付に要する時間と経費の短縮が注目さ れるのが常であるが、その最大の特徴は公開の容易さにある。すなわち、誰もが容易に情 報を公開し、他者の閲覧に供することができる。この特徴は投稿・査読システムにも生か されるべきである。一方、学術論文は査読を経て認証(authorize)されてはじめてその客 観的価値が生じるものである。したがって、ネットワーク上では、公開されている論文が 認証済みかどうかを明確に区別する必要がある。これらの点を考慮して、ネットワーク上 で実現可能なシステムの一例を以下に示す(図1、太字は新規な部分)。

    2.1 投稿 論文の内容を公開することは著者の手で容易にできる。したがって、「投稿」 するとは、論文誌上で公開を求めることではなく、査読による認証を求めることであると 位置づけられる。すなわち、著者から編集委員会に公開した論文の所在を知らせ、査読を 要請することが投稿である。認証から公開までの待ち時間を気にする必要がないので、最 初から十分な内容のデータと考察を論文に含めることができるし、次の査読段階で当然そ れを要求されることになるだろう。
     投稿された論文は、著者あるいは第三者によって無断で改変されないよう、たとえば編集 委員会の管理下に移して査読中論文として公開するなどの保全措置をとる。同時に、次の 査読段階に供するために査読リストに登録され、査読中論文として検索可能なように処理 される。

    2.2 査読 論文査読の目的は(1)内容の新規性、正当性の判断、(2)論文誌への掲載の妥当性 の判断にある。(2)は査読者およびその論文誌の編集委員会の判断に委ねられるべきであろ うが、(1)は必ずしもこれに限られる必要はない。すでに公開され、検索可能な形になって いるのであるから、より多くの関係者の目に触れることにより、見落としによる判断ミス の可能性を低減できる。
     編集委員会は、投稿された論文が査読中であることを公示し、(1)に関するコメントを一定 期間受け付ける(公開査読制度)。一方で、従来通り複数の査読者に査読を依頼し、主と して(2)に関する判断を仰ぐ。これにより、研究内容の多様化や認証された論文数の増加に 伴う査読者の(1)に関する負担増を軽減することができる。編集委員会は、公開査読および 査読者のコメントを元にして認証の可否あるいは内容の修正について著者に意見を返す。
     論文が認証された場合は、ただちにそのことが公示されると共に論文誌の認証論文リス トに移され、認証論文として検索可能なように処理される。認証から認証済み論文として の公開までの待ち時間はごくわずかで済む。編集委員会からの意見や著者からの希望によ る論文内容の修正があった場合に、これを再び公開査読あるいは査読者に回すかどうかは 編集委員会が判断する。却下されたり、著者が査読請求を取り下げた場合には、査読リス トから外されるが、その内容は編集委員会が保管する。
     この方式のもう一つの長所は(2)の理由で却下された論文の他誌への再投稿が容易な点であ る。著者の了解があれば、そのままただちに他誌の編集委員会に移して査読に供すること ができる。編集委員会間で内容を授受するので最初の投稿日時を明確に管理でき、新規性 の評価を繰り返す必要がない。二つめの編集委員会の判断次第では、改めて査読を経るこ となく認証することも可能である。各編集委員会が認証の基準を明確にしていればいるほ ど、この過程はスムーズに進行するだろう。

    2.3 公開 ネットワークでの公開は迅速に行われるが、印刷物ほどの鮮明さや取り扱いの 容易さは実現できない。読者は、自分にとって重要な論文は鮮明な印刷物として手元に置 こうとする。すなわち、認証済み論文は、読者から請求があれば鮮明な印刷の可能なファ イルとして転送できるようにする(おそらく有料)。これにより、冊子としての論文誌の 印刷と発送に要する時間と経費が節約できる。著者以外からの印刷ファイル請求件数は、 その論文のImpact Factorを評価する上で有用なデータの一つともなり得る。

  3. 結言

     ネットワーク環境では、論文の公開は迅速かつ容易である。しかし、学術論文として認め られるためには、それが第三者によって認証されることが必須である。編集委員会の主要 な役割は、明解で公正な認証システムを機能させることになる。ネットワーク上では、認 証済み論文と未認証の査読中論文とは明確に区別して公開され、検索される必要がある。 公開査読制度を導入することにより、査読の公正さと正確さを図ることができる。十分な 量のデータと考察を提供しても認証から公開までの時間を気にする必要がなくなれば、誌 面の限定された速報はその果たしてきた役割を終えることになるかも知れない。