高校化学グランプリ
一次選考問題
1998年11月14日(土)
時間:13時30分〜16時(150分)
注意事項
皆さんのフェアプレーと健闘を期待しています。
主催
日本化学会化学教育協議会
夢・化学-21委員会
解答上の注意
一部の記号は国際的な慣習に従うために、高校の教科書等とは異なった表現となっている場合がありますので注意して下さい。
(例)1 L(リットル)=1×103 cm3
kJ mol-1 = kJ/mol
mol L-1 = mol/L など
(I) H、B、C、N、Oの原子の原子量の概数を、それぞれH = 1、B = 11、C =12、N = 14、O = 16として、次の各問に答えよ。
問1 H、B、C、N、Oの原子一種類以上から構成され、原子数8個以内からなる分子で、分子量が28として考えられるものをすべて分子式で記せ。安定に存在し得るかどうか、構造式がきちんと描けるかどうかは考慮しなくてよい。
問2 問1で示した分子からなる物質のうち、実在するものまたは実在すると予想されるものを3つ選び、その名前を記せ。
問3 問1で示した分子からなる物質のうち、実在するかどうか判断しにくいものについて、可能な構造式をそれぞれ1つ記せ。
問4 H、C、N、Oの原子一種類以上から構成される分子で、分子量46として実在するかまたは安定に存在しそうなものの構造式を5つ以上記せ。
(II) 次の文章を読んで、各問に答えよ。
(A)
ある原子または分子Mから電子(e-)1個を追い出すために必要な最小のエネルギーをイオン化ポテンシャルI(M)という。この過程を熱化学方程式で表すと次のようになる。
M + I(M) = M+ + e-
両辺の物質の間のエネルギー関係を、右のようなエネルギー図で表すことができる。いろいろなMのI(M)の値を表1に示した。
2原子分子A2の解離エネルギー D(A2)は、次の熱化学方程式で表される。
A2 + D(A2) = A + A
水素分子の解離エネルギーD(H2) = 435 kJ mol-1
である。一方、 He2という分子の存在が最近知られるようになったが、そのD(He2)の値はほとんど0である(表1)。
表1 いろいろな原子と分子のイオン化ポテンシャルと解離エネルギー(kJ mol-1)
M |
H |
H2 |
He |
He2 |
I(M) |
1314 |
1490 |
2372 |
2163 |
DA2 |
- |
435 |
- |
~0 |
また、A2のイオン化によってできたA2+という2原子分子イオンも、D(A2+)という解離エネルギーをもらって、AとA+に解離する。
問1 H2、H + H、H2+ e-、H + H+ + e-は、いずれも2個の陽子と2個の電子が組み合わさってできた4つの異なる状態である。これらの各状態間のエネルギーの上下関係を、上の図のようなエネルギー図で表せ。I(H)、D(H2)などの記号を適当な場所に記入すること。
問2 水素分子イオンH2+の解離エネルギーD(H2+)の値を求めよ。この値をD(H2)と比べると、どのようなことがわかるか。
問3 ヘリウム分子He2のイオン化ポテンシャルI(He2) = 2163 kJ mol-1という値を使って、ヘリウム分子イオンHe2+の解離エネルギーD(He2+)の値を求めよ。この値から何がわかるか。問2の結果と比較しながら答えよ。
(B)
さて、(A)の問2〜問3で考えたことを、もう少し理論的に考えてみよう。それには原子軌道と分子軌道についての以下の文を読むと参考になる。
原子は原子核と、これをとりまく電子からできている。原子番号と等しい数の電子が 原子中に存在するが、それらは原子核のまわりに不規則な状態で存在するのではなく 、いくつかの原子軌道上に分かれて存在している。原子軌道は原子核に近いほどエネルギーが低いので、電子は原則として内側の軌道から順に配置される。原子核に最も近い原子軌道は1s軌道と呼ばれ、電子が2つまで存在することができる。
H原子の1s軌道には電子が1個、He原子の1s軌道には電子が2個入っている。その様子を右に示す。
H2分子は2個の水素原子が共有結合したものである。
はじめ孤立していた2個の水素原子が接近して1s軌道どうしが重なると、新たな2つの軌道(分子軌道)ができる。そのうち1つは1s軌道のエネルギーより(ΔEだけ)低くσ(シグマ)軌道と呼ばれ、もう1つは1s軌道のエネルギーより(ΔEだけ)高くσ*軌道と呼ばれる。電子はσ軌道にもσ*軌道にもそれぞれ2個まで入ることができる。
2個のH原子の1s軌道に1個ずつ入っていた電子2個がσ軌道に移れば、2個のH原子に属する電子のエネルギーの和は、孤立した2個の原子の場合より、分子をつくった場合のほうが2ΔEだけ低い値になる。これが、水素原子が原子の状態に止まらないで分子をつくる理由である(下図参照)。
問4 水素原子Hと水素イオンH+から水素分子イオンH2+ができる場合について、上と同様な図を書いてみよ。これと上の図を比較して、問2の結果を簡単に説明せよ。
問5 ヘリウム分子He2について、上と同様な図を書いてみよ。
問6 ヘリウム分子He2の解離エネルギーD(He2)がほとんど0である理由を説明せよ。
(III)次の文章を読んで各問に答えよ。ただし、原子量はH = 1.0、C = 12.0、Si = 28.1とする。必要があれば、アボガドロ定数 = 6.02×1023 mol-1 、√2 = 1.41、√3 = 1.73 を用いよ。
炭化ケイ素SiC(カーボランダム)は高い熱伝導度を有し、熱膨張率は低い。また燃焼しにくいため熱に強い物質と言うことができる。研磨剤、耐火性物質などとして多くの応用性をもつ材料として使われる。炭化ケイ素は工業的には古くから二酸化ケイ素とグラファイトまたはコークスを高温で反応させ合成しているが、この方法で得られる炭化ケイ素は繊維やフィルムにすることが困難であり、用途が限られている。
1970年代中頃東北大学の矢島らは、ポリジメチルシランすなわち[(CH3)2Si]nを加熱処理することにより、炭化ケイ素繊維を得ることに成功した。炭素原子とケイ素原子が高分子中で接近していることにより、これからSiC結合を有するBをつくり、これを繊維化する。そして、その後の2段階の単純な熱分解により炭化ケイ素が生成する。これは矢島法と呼ばれ、得られた繊維はニカロンという名前で商品化されている。
矢島法:
炭素もケイ素も14族元素で正四面体構造をとるため、炭化ケイ素の構造はダイヤモンドの構造と密接な関係がある。炭化ケイ素は色々な結晶構造をとるが、そのうちベータ型といわれるものは立方晶系に属する。炭素原子が面心立方格子を形成し、その炭素原子に正四面体的に囲まれる位置にケイ素が存在する。単位格子中にそのような位置は8つあるが、その内の半分だけがケイ素に占められる。この配置によって、炭素はケイ素により、またケイ素は炭素により正四面体的に囲まれる。
問1 式(1)のAからBの生成する反応は空気中でなくアルゴン中で行われている。それはなぜか、考えられる理由を述べよ。
問2 理論的には100 gのAから何gの炭化ケイ素が得られるか。
問3 図は炭素原子を面心立方格子になるように配置したものである。これにケイ素原子4個が加わり、炭化ケイ素の単位格子となる。もし、図の番号
1、9、10、13 の炭素で囲まれた空間(点線内)に1個ケイ素原子があるとすれば、あとの3個はどの位置にあると考えられるか。それぞれ囲む炭素の番号を
( 1, 9, 10, 13 ) のように表して答えよ。
問4 炭化ケイ素の単位格子の軸の長さは4.35 Å(1 Åは10-8 cm)である。炭化ケイ素の密度はいくらか。また炭素─ケイ素原子間距離は何Åか。
問5 ダイヤモンドの結晶構造は炭化ケイ素のケイ素原子の位置も炭素が占めている構造になっている。直径40 mmの発泡スチロールの球を用いてダイヤモンドの結晶模型を作りたい。直接結合している炭素原子同士は球が接触するような模型にしようと思う。模型を補強するためには、結合していない原子の球の間に細い棒を突き刺してつなぐ必要がある。はじめに面心立方格子を作る場合、問3の図において1番と2番,1番と10番の原子に相当する球と球との間では、棒の見える部分がそれぞれ何mmになるようにすればよいか。
問6 ダイヤモンドの炭素―炭素の原子間距離は1.54 Åである。ダイヤモンドの密度を求めよ。
問7 ダイヤモンドの構造は最密充填構造ではないが、仮に、半径0.77 Åの炭素原子の球が最密充填した同素体ができるとすると、その密度はいくらになるか。
(IV) 次の文章を読んで各問に答えよ。問1、問6および問7では必要な計算式を示しながら簡潔に解答すること。
複数の陽イオンを含む水溶液から特定のイオンだけを溶解度の低い塩として沈殿させる方法は、環境問題に関連して、今後ますます重要になる。例えば銀イオン
Ag+ とカルシウムイオン Ca2+ を含む溶液に塩化ナトリウムを加えると、溶解度の小さい塩化銀が沈殿する。このときは塩化カルシウムの溶解度が極めて大きいので、定量的な議論をするまでもなく、分離が成功すると予想できる。しかし、溶解度にこれほどの差がないときには、定量的な考察が必要になる。
カドミウム化合物はかつてイタイイタイ病の原因物質となったことがある。いま、カドミウムイオン Cd2+
とマンガン(II)イオン Mn2+ が共存する溶液から、Cd2+ だけを硫化物CdSとして選択的に沈殿させるための条件を検討してみよう。
(1)水に硫化水素 H2S を通じて飽和させた硫化水素水で、水素イオン H+
の濃度と硫化物イオン S2- の濃度の関係は、式 (1) であらわされることが知られている。
[H+]2[S2-]=1.0×10-23
mol3 L-3 (1)
問1 硫化水素水の [S2-] を 1.0×10-10 mol L-1 に保つには、[H+] をどのようにすればよいか。そのときの pH の値はいくらか。
(2)溶解度の小さい塩の飽和溶液では、式 (2) に示すように、陰陽両イオンの濃度の積(これを溶解度積という)は一定である。たとえば、塩化銀
AgCl の溶解度積は、式 (2) で与えられる。
[Ag+][Cl-] = 1.8×10-10 mol2
L-2 (2)
問2 固体の塩化銀と陰陽両イオンとの間の平衡(溶解平衡)をあらわす式を書け。
(3)塩化銀の飽和溶液に、これと共通のイオン(Ag+やCl-)を出す硝酸銀 AgNO3 や塩化ナトリウム NaCl などを加えても、溶解度積は一定であるから、どのようなことが起こるかを計算できるが、定性的には、溶解平衡の式からも結果を予想できる。AgCl の飽和水溶液に AgNO3 を加えると、[Ag+] は (a) しなければならない。そのため問2の平衡反応は (b) 側のほうに進み、(c)が析出してくる。
問3 上の文の空欄 (a)−(b) に適当な語を解答欄から選んで○で囲め。
問4 上の (c)にあてはまる化合物の名前を答えよ。
問5 (3)の議論は何と呼ばれる原理に基づいているか。
(4)同じように、硫化カドミウム CdS と硫化マンガン MnS の溶解度積は、それぞれ式 (3) および式 (4) で与えられる。
[Cd2+][S2-] = 5.0×10-28 mol2 L-2 (3)
[Mn2+][S2-] = 1.0×10-11 mol2 L-2 (4)
この関係を利用すると、塩化カドミウムと塩化マンガンの混合溶液から、Cd2+ だけを硫化物の沈殿として、ほぼ完全に選択的に取り除くことができる。では、以下の手順で、Cd2+ と Mn2+ とがそれぞれ1.0×10-2 mol L-1 溶けている溶液から、Cd2+ イオンだけを選択的に沈殿させるための条件を求めよう。
問6 溶液にH2Sを通じて飽和させ、[S2-] は1.0×10-10 mol L-1 にしたとき、溶液中の [Cd2+] と [Mn2+] を求めよ。この結果から、両イオンはほぼ完全に分離できたといえるか。
(5)硫化物として沈殿しにくい Mn2+ も沈殿させるための条件を考えよう。
問7 [Mn2+] を1.0×10-4 mol L-1 にするには、[S2-] をどのようにしなければならないか。このときの溶液のpHはいくらか。
(6)結論はこうなる。(d) 性条件下で硫化水素を通じると、溶解度が (e) ほうの CdS だけが沈殿する。溶液を (f) 性に近づけると、溶解度が (g) ほうの MnS も沈殿する。こうして、特定のイオンを選択的に分離することができる。
問8 上の文の空欄 (d)−(g) に適当な語を解答欄から選んで○で囲め。
(V) 次の文章を読み、各問について1、2行で簡潔に説明せよ。また、必要に応じて、構造式、化学反応式を 加えよ。また、問4については、原子量はH=1.0、C=12.0、O=16.0とし、0 ℃、1 atmにおいて1molの気体は22.4 Lを占めるとして計算し、計算の概要を解答につけ加えよ。
(1)ある炭化水素Aの元素分析と分子量測定を行った結果、分子式はC4H8であった。
問1 この分子式からAの構造についてどんな情報が得られるか。
問2 Aにはいくつの異性体が考えられるか。
(2)これらの異性体のうちで、どれがAであるかを調べるために、臭素の四塩化炭素溶液にAの四塩化炭素溶液を加えたところ、すぐに臭素の色が消えることがわかった。
問3 この実験事実からどのようなことがわかるか。また、Aとして可能な構造は何種に限定されるか。その全ての構造式を例にならって書け。
(3)1.68 gのAに対して、ある触媒の存在下、25 ℃において1.50 atmの圧力の下で水素を付加させると、飽和炭化水素Bが得られた。このBはメチレン基 -CH2- をもたないことが確かめられた。
問4 この反応条件で吸収された水素の体積は、25 ℃、1.50 atmの圧力の下では何mLか。有効数字3桁で答えよ。
問5 AとBの構造式と名称を書け。
問6 Aと臭素との反応の化学反応式、および生成物の名称を書け。
問7 Aに水素を付加させる反応として、どんな触媒を用いるとよいか。
(VI) 次の文章を読んで各問に答えよ。
カルボニル化合物はさまざまの反応を起こすことが知られており、生体内においても、また工業的にも重要な物質である。たとえば、酸性条件では次のような反応が起こる。
式(1)の反応を理解するには、まず、C=O二重結合の性質を理解する必要がある。炭素と酸素では、酸素のほうが電気陰性度が大きく、結合電子を強く引きつけている。この結果、酸素原子のまわりには電子が多くなり、やや(a )に帯電している。一方、炭素原子のまわりは電子が不足気味となり、やや(b )に帯電している。
問1 空欄a、bにあてはまる語句を答えよ。
やや正に帯電している原子にはδ+、やや負に帯電している原子にはδ-の記号をつけて表す(右図)。
問2 アセトンおよび塩化水素の各原子のまわりの帯電の様子を、上の例にならって、解答用紙に描かれた構造式の各原子のそばに記せ。ただし、CH3の部分には何も記入しなくてよい。
ここで、アセトンのC=O二重結合の一本が切れ、塩化水素の結合が切れて、新しい結合が生じるときに、一方の分子のδ+に帯電した原子はもう一方の分子のδ-に帯電した原子とそれぞれ結合すると考えると、式(1)の反応は理解できる。
問3 上の反応を参考にして、次の各反応で予想される生成物A、Bを構造式で答えよ。
次に、式(2)の反応を考える。酸触媒を簡単にH+で表すことにすると、だいたい次のような経路で反応が進むと考えられている。
式(3)のCのような化学種(分子、イオン、原子など、物質を構成する粒子の総称)は反応中間体といい、反応の途中に生じる寿命の短い化学種である。Cは炭素に正の電荷をもつことから、炭素陽イオン中間体と呼ばれる。Cは式(1)と式(2)の両方の反応に共通の反応中間体であり、これがCl-と反応すると、アセトンクロロヒドリンができる(式(1))。
一方、これがメタノールと反応すると、下のようにいくつもの反応中間体D〜Fを経由して、2,2-ジメトキシプロパンが生成する。
CにCl-でなくCH3OHが反応するとDになる。また、DからEへの反応は酸素原子間でのH+の移動である。そして、この反応でもっとも重要な段階は、メタノールと水が入れ替わるEからFへの反応である。
問4 上記のように式(2)の反応の反応経路は、実際にはすべて可逆反応で構成されている。ここで、式(2)の反応がある平衡状態にあるとき、原料のアセトンや生成物の2,2-ジメトキシプロパンの量や濃度を変えることなく、平衡を生成物側に移動させるにはどうすればよいと考えられるか。可能性のある方法を一つ以上答えよ。
ここで、この一連の反応と式(1)の反応を比較すると、下のような反応はどうして進まないのだろうかという疑問が生じる。
塩酸が強酸であり、容易に解離してH+とCl-を生じることを考えると、式(5)の反応は容易に起こるはずである。そうすると、上の「式(4)の反応は進むのに、下の式(6)の反応がなぜ進まないのだろうか」と疑問に思うのは無理もない。
この問題を考えるために、塩素の同位体の一つ37Clを用いた塩酸H−37Clを、アセトンクロロヒドリンに作用させる実験を行なったところ、式(7)のようにアセトンクロロヒドリン中の塩素原子が次第に37Clに変わることがわかった。
問5 H−37Clを用いた実験結果は、式(6)の代わりにどんな反応が起こっていることを示しているか、簡単に答えよ。化学反応式を用いてもよい。
問6 「式(4)の反応は進むのに式(6)の反応が進まない」のはどうしてか、この実験結果に基づいて考えられる理由を答えよ。
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