大学のテニスにおける技術と戦術

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 大学を卒業してまもなく十五年になる。卒業後も、テニスをプレーするのはほとんどが大学のコートであり、大学生のテニスを見、彼らを対戦相手とするテニスを考えてきたことになる。考えてきたことは「どうしたら試合に勝てるか」で変わりはないが、十五年の間に私の技術も体力も徐々に変化しているし、それに応じてこの正解のない問いかけへの私の答えも変化しながら今日に至っている。
 今回は、より勝てるようになるためになすべきことを、技術と戦術に焦点を当て、できるだけ学生時代に戻ったつもりで書いてみたのだが、上で述べた変化は、当然この内容にも影響を及ぼしているはずなので、現役諸君には批判的に読んで戴きたい。

原点.テニスはミスをするスポーツである

 テニスは、相手の打った球を、移動して直接打ち返す球技である。相手の打球を完全に予測することが不可能である以上、打点への移動は相手の打球を見ながら短時間に行うしかない。したがって、試合中において自分のベストの体勢でボールを打てる機会はほとんどない。そこからミスが生まれる。
 スコアブックを見れば、その大半はミスを表す×で覆われ、その中に得点を表す○がパラパラと散在している。中学生であろうと、全日本級の選手であろうと、×と○の割合の違いこそあれ、×が○を上回っている状況に違いはない。○の中にある「相手のミスショット」を含めれば、その比はさらに×の方に傾く。
 結局、テニスとは「得点を競う」というよりは「ミスを競う」球技であるということになる。
 ミスを競うスポーツに勝つためには、次の二つの努力目標がある。
 1.自分(およびそのパートナー)のミスを少なくする。
 2.対戦相手のミスを多くする。
 以下、それぞれについて考えてみることにする。

1.自分のミスを少なくする「練習」

 ミスを競う球技なら、試合中に、ミスをしないようにプレーすればいいのではないか?理想的にはその通りである。しかし、現実にはどうであろうか。ある程度テニスをやっていれば、一度くらいは「ミスをしないように」心がけて試合をしたことがあると思う(なければ、一度試みるとよい)。結果はどうであったか?楽勝のはずの相手に苦戦し、勝てるはずの相手に負ける。決していい記憶は残っていないはずである。
 なぜか?後衛なら、難しいコースを狙わない、高い打点で速い球を打たない。前衛なら、思い切ったポジションやモーションを使わない、難しい球は追わない。対戦相手からみれば、これほど楽なことはない。つまり、試合に臨んで、自分のミスを少なくしようとすれば、”対戦相手のミス”をそれ以上に少なくする結果を招いてしまうのである。
 しかし、自分のミスが多ければやはり試合には負けてしまう。それではどうすればよいのか。練習、それも基本練習の反復以外に方法はない。後衛なら、乱打、サービス、レシーブ、前後左右に移動しての一本打ち。前衛なら、乱打、レシーブ、ボレー、スマッシュ、移動しながらのネットプレー。こうした練習を繰り返し行い、もっともミスの少ない自分の「型」と、それを活かすためのスピードとフットワークを身につけることである。

2.相手のミスを多くする「戦術」

 いざコート上で試合に臨んだら、自分のミスを少なくしようと努力をするのは勧められない。とすれば、心がけるべきことは「相手のミス」を多くすることである。これが戦術であり、プレーヤーの個性がもっとも現れる部分でもあるが、要は「自分の得意球を打つ」そして「相手のいやがることをする」ということである。
 後衛なら、より高い打点で、より速い球(ロブでもシュートボールでも)をより厳しいコース(深い球、相手をコート外に追いやる角度のある球、相手の返球に角度がつかないミドルへのプレーシング、相手を走らせるロブ)に打つことなどであり、前衛なら、厳しいポジション、誘いなしのポーチ、サイドパスへの誘いのモーション、守ると見せてのポーチ、横に動くと見せての後退スマッシュなどがこれにあたる。
 当然相手も同じことを考えているのであるから、相手とのせめぎ合いの中でこれを実現しようとすれば、必ず自分の側にもミスは避けられない。だから、ミスを恐れることはない。一方で、しようとするプレーを支える十分な技術と体力の裏付けがなければ、相手よりも自分の側のミスの方が多くなり、試合には負ける。自分のミスと相手のミスとのつば競り合いの中で勝利をもたらすものは、戦術とともにこれを支える技術と体力であり、これらは”戦術を意識した”反復練習し、練習試合において繰り返し試すことによってはじめて体得することができる。
 凡ミスをしても「もったいない」と思うことはない。どんなチャンスボールであっても、攻撃的な球を打とうとすれば時にはミスをするものである。チャンスボールを甘い球で返すことが「もったいない」のであり、攻撃を意図した凡ミスには「練習が足りない」と自分に言い聞かせればよい。

「攻撃は最大の防御なり」(孫子)

3.後衛の役割−凡打を持久打に、持久打を有効打に

 私は後衛の経験はあまりないので、大学の先輩であり東大の生んだ戦後最強の後衛でもある的川泰宣氏の後衛理論(「弥生道」第12号12-18 ページ、1973年)を基礎に話を進めることにする。
 氏は、テニスにおける打球を次の四つにランク分けしている。
 ○決定打:文字通り、直接得点となる打球。
 ○有効打:相手の返球が凡打もしくは持久打なるような打球。
 ○持久打:有効打でも凡打でもない打球。
 ○凡打:ミスもしくは相手の決定打につながる打球。
そして、陣形や相手の動き、得手不得手によって、同じ打球が凡打にもなれば決定打ともなり得るとしている。(順クロスでの打ち合いからストレートに飛んだ緩い打球を考えてみれば理解できよう。)
 的川氏の後衛についての考え方を要約すると、
 1.決定打は相手の凡打が前提であるから機会があれば逃さずに放つべきである。
 2.凡打を防ぎ、より多くの有効打を打とうと努力すべきである。
ということになるだろう。すなわち、相手が持久打を打ってきたときは、有効打を放つことを考え、相手が有効打を打ってきた(つもりの)ときは、凡打ではなく少なくとも持久打を、余裕があれば有効打を放つ(結果的に相手の打球は持久打となる)ことを心がけるということである。
 また、相手後衛または前衛が決定打を放った(つもりの)時でも、コースを読んで追いつき、相手コートに返すことができれば、それはもはや決定打ではなく、単なる有効打にとどまることになる。
 こうして相手の打球のランクを下げ、自打球のランクを上げて、決定打もしくは相手の凡打につなげることが後衛の役割であり、ここに後衛の醍醐味がある。

4.前衛の役割−相手打球を凡打にする攻撃と攻撃的な守り

 後衛は、インパクトの瞬間以後は(たいていはそれ以前にも)打球のコースを変えることができないのに対して、前衛は通常、相手後衛が打球コースを決めた後、約0.5秒、距離にして2〜3mは動くことができる。したがって、後衛と前衛の勝負になると、前衛が勝利を手にすることになるのが普通である。
 厳しいポジションに止まっていると見せてのポーチ、パスへの誘い(サイドの守りすらも攻撃的に行う)、この0.5秒より少し前に動くことによる二段モーション、二段モーションと見せての同一方向への動きなど、相手後衛とのダマシ合いと読み、そして一瞬の判断とすばやい動きで、相手後衛の打球を押さえる等々。多彩な攻撃が可能である。
 上の分類に従うと、「前衛は後衛よりも決定打を打つ機会が多い」ということになる。加えて、相手の凡打は言うまでもなく、持久打、有効打、時には決定打(のつもりの球)さえも凡打としてしまうことができる。先に述べた0.5秒の時間のズレがこれを可能にするのであり、これを活かした大胆かつ攻撃的なプレーが前衛の大きな役割の一つである。
 今一つの役割は、相手後衛の打てる範囲を限定することである。速いシュートボールも、味方後衛の待ち構えているところに来れば、有効打ではなく単なる持久打にとどまり、味方後衛の凡打を防ぎ、有効打を引き出す結果となるだろう。厳しいポジションに立ち続け、ミドル寄りの甘い球を通さないことがこれを可能にする。前衛の頭越しのロブも、味方後衛がそれを予測していれば、有効打とはなりにくい。相手後衛が、前衛の横の動きに幻惑されていることが味方後衛に伝われば、これは容易なことである。もちろん、相手後衛の打てる範囲を限定する結果として、凡打(ミス)を誘発することも可能である。
 前衛は、自ら決定打を放つだけでなく、このようにして自チーム後衛の凡打(ミス)を減らし、相手後衛の凡打(ミス)を増やすことに貢献することもできるのである。サイド寄りに詰めて相手後衛にサイドパスを打たせない守りを「防御的な守り」と呼ぶとすれば、攻撃するわけではないが味方後衛を楽にするこの守りは「攻撃的な守り」と呼べるだろう。
 こうした攻撃的なプレーをすれば、当然、読みが外れてサイドを抜かれてしまうこともある。特に序盤戦では一本や二本あっても気にする必要はない。それ以上に、ポイントを稼げばよいのである。相手後衛がサイドを意識しながら打つようになれば、味方後衛への打球も威力が半減するし、時にはフォームを崩してミスを多発することもある。自チームのミスが減り、相手後衛のミスが増えれば、トータルすると二本や三本の相手後衛の得点など霞んでしまうのである。さらに、相手がサイドに打って来れば、そのタイミング、フォームを見ることができる。これは、競り合った試合の中盤以降、相手後衛にサイドパスを「打たせて取る」上で大いに参考になる。相手にサイドパスを打たせなければ、これを見ることもできないし、従って「打たせて取る」こともできない。
 大学のリーグ戦に出て来るほどであれば、こちらが何もしなくても凡打を連発するような後衛はまず、いない。相手後衛の凡打(ミス)を引き出す上で、前衛の果たすべき役割は大きい。

5.サービスとレシーブ−確実に有効打を打てる二つのセットプレー

 テニスには二つのセットプレーがある。第一はサービスであり、第二はセカンドレシーブである。第二のセットプレーがあるために、硬式テニスにありがちな単調なサービスキープの試合がテニスではめったに起こらず、ゲーム展開を変化に富んだものにしている。
 この二つは、確実に有効打を打てる貴重な機会であり、練習も難しくない。反復練習することにより、有効打の確率を上げ、ミスを最小限にとどめることができるように努力すべきである。
 ファーストサービスなら、大ざっぱに言ってコースに三通り、スピードを三通り打ち分けることができる。これを組み合わせることにより、相手に自分のポイントで打たせなかったり、前衛を見てコースを変えることを難しくしたり(相手の予想より遅くて弾まないサービスによって可能)することで、凡打もしくは持久打を引き出すことができる。  セカンドサービスをどうするかは難しい問題であり、大きく二つの考え方に分かれる。バウンドが低くて伸びない球で相手の打点を限定する(カットサービス。三部までの主流)か、長く弾む球で相手の打球位置をなるべくネットから離す(フラットサービスまたはダブルファースト。一、二部の主流)かである。
 いずれにしても、いいサービスを安定して打てるようにするには、反復練習によって、安定したトスとフォームを作る必要がある。
 セカンドレシーブには七つのコースがある。クロスの深い球、後衛をコート外に出す角度のついた球、ミドルパス、前衛の頭上を抜く半ロブ、前衛正面への速球、そして決定打となり得るサイドパスとツイストである。普通は、クロスへの深い球もしくは前衛の頭越しの半ロブを基本として、時折他の得意球を使って相手の陣形を崩す。前衛は、マッチポイントなどここ一本というところでツイストまたはサイドパス(この一本だけのために、拾われることはあってもめったにミスをしないようになるまで練習している)を用いる。前衛の近くを通すときは、「取られたらフォローすればいい」というつもりで打つ。
 一人が七種類すべてをマスターしなくてはならないわけではない。基本となるものの他に、自分の得意なものを三種類程度身につけておけばそれで十分である。
 セカンドレシーブは、乱打とは打つ位置もタイミングの取り方も異なり、結果としてフォームも多少異なることになるので、それだけを反復練習することが、有効打となるセカンドレシーブを打てるようになるためには必要不可欠である。

最終.敵を知り、己を生かせ−相手の長所・弱点と自分の調子に応じた戦術

 自分の長所を生かし、弱点をかばうのは戦術上当然である。が、勝つための戦術を考える上で配慮すべきポイントはそれだけではない。
 試合に向けてどんなにうまく調整したとしても、いざ試合に臨むと、調子のいいプレーとうまくいかないプレーがあるものである。また、自分に長所短所があるように相手にも長所と欠点が必ずある。序盤の早い時期にこれらを見つけて、自分の長所、その日の好調なプレーと相手の弱点とを意識した戦術を採用すればいい。また、自分の得意手の調子が良くないときは、勝負をあせらず、粘り強いテニスを心がけて調子が戻るのを待てばよい。

「敵を知り己を知らば百戦危うからず」(孫子)

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伊藤眞人:itomasa@t.soka.ac.jp