五年目を迎えて

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 この原稿を書くときには、日頃からアドバイスしてきたことを言葉にしておくと共に、同じことを繰り返し書かないように気をつけてきたつもりである。多くのことはコート上で先輩から後輩へと伝えられているだろうが、全部ではないかも知れない。若い人たちは昔の部誌を持っていないだろうから、先輩やOBから借りてコピーするといい。きっと新しい発見があるはずである。
 そこで私のほうは、まだ書いていないことはないか、この機会に振り返ってみることにした。重要そうなことから順に記してみる。

動きのリズムを大切に

 歩く動作一つをとってみても、特に意識しなくても自然に行えるのは、一定のリズムに従って体を動かしているからである。自分の体を思い通りに動かすということは、この運動のリズムをコントロールすることである。バスケットボールにはラップミュージックを好む選手が多く、アメリカンフットボールにはロックを好む選手が多いのは、これらのスポーツでもっとも必要とされる運動のリズムと各々の音楽のテンポとが一致しているからである。テニスのリズムに合ったテンポもあるはずである。
 体の動きにリズムを作るにはどうすればいいのか?これは簡単である。常に体を動かしていることである。体を動かすといっても、腕や上体だけではだめである。体の重心を動かしている必要がある。硬式テニスの選手がサービスを受ける際には、サービスが打たれる前から体を小刻みに上下させているのが、TV中継などで必ず見られる。時速200kmに達するという弾丸サービスにすばやく対応するには、サービスが打たれてからリズムを作っていては間に合わないのである。
 ネットプレーの際などには、いつも体を動かしているわけにはいかない。相手に自分を見せたくないときには、静止していないといけないからである。そのような時はどうすればいいか。膝を軽く曲げ、両足の間隔は肩幅以下、足の爪先から土踏まずの手前までの間に体重を乗せ、かかとは地面についていてもいいが、決して体重をかかとに乗せてはいけない。体重は両足に均等にかかっていてもいいし、多少偏りがあっても、膝を使って左右に交互に小さく移動させていてもいい。これが「位置について」の姿勢である。相手にモーションを見せない場合には、相手がフォワードスイングを始める直前までこの姿勢を保つ。そしてフォワードスイングを始める直前に、膝を使って左右のどちらかに体重を小さく移動させる(上体は動かさない)。これが「用意」の姿勢である。この動きで、体に小さなリズムを作ると共に、体重の偏りができて次の動きのきっかけが作りやすくなる。
 ここで左右の足に体重の偏りがないと具合が悪いのはなぜか?自分で試してみるとすぐわかるのだが、足を動かすためには大きく体重がかかっていてはいけない。逆に、地面を蹴るためには大きく体重がかかっているほうが強い力が出る。体重がかかっていない足でスタートを切ろうとすると滑ってしまう(これは「最大摩擦力は抗力に比例する」という力学の法則である。地面を蹴る時には、靴と地面との摩擦力を利用している。最大摩擦力以上の力で地面を蹴ろうとすると滑ってしまう。靴にかかっている体重が抗力である。抗力が大きいほど最大摩擦力が大きくなるので、強い力で蹴ることができるのである)。だから、素早くスタートを切るためには、体重のかけ方のアンバランスが必要なのである。
 このように説明すると、それではスマッシュのような後退のスタートが切れないのではないかと心配するかも知れない。どうすればいいのか?試してもらえるといいがちっとも難しくはない。体重のかかっていないほうの足を足の長さの2/3程度前に出すとそれだけでその足に体重が移動するはずである。そこでその足(親指の付け根の裏側あたり)で強く後ろに蹴れば、それで素早いスタートのきっかけを作るには十分である。あとはボールの落下点めがけてダッシュするだけである。
 相手がボールを打とうとしている「用意」の時の姿勢の「べからず三原則」をまとめると、左右の足幅が広すぎること、かかとに体重を乗せること、左右均等に体重をかけることで、このいずれにも該当してはならない。三つ揃った姿勢は最悪である。
 ストロークプレイの時の待球姿勢は、左右の足幅が多少広く、膝の曲げ方が深い点が多少異なるが、上に書いた「べからず三原則」は共通である。正面の何でもないボールに対して対応を誤る光景をしばしば目にするが、これは決して油断しているわけではない。時間がありすぎて動き(リズム)が止まってしまうのが原因である。時間的余裕があるときにはわざわざステップを踏まなくてもいいが、上下あるいは左右の体重の移動だけを一定のリズムで行なっていれば、リズムが止まってしまうことはない。

相手の打球にリズムを合わせるための「間」

 球技の中で、静止したボールあるいは自分で保持したボールをプレーする機会は、非常に少ない。これだけで構成されている球技はゴルフとボウリングくらいである。他の球技では、野球のピッチングやテニス等のサービスのように、プレーの開始時にしかこのような機会はない。ほとんどのプレーは、相手の打球を移動して捕らえ、返球するという動作である。したがって、どのようなプレーでも返球するまでのどこかの段階で、上で述べた自分の動きのリズムを相手の打球に合わせた動きのリズムに切り替える必要がある。ストロークプレーの際に、少しでも早くボールに近づくほうがよく、ネットプレーではできるだけボールの近くに体を寄せるほうがいいのは、このリズムの切り替えのための時間的、空間的な余裕が保てるからである。
 リズムの切り替えのためのこの時間が、「間」である。だから、いくら早くボールに追いついても、「間」を作ることを意識して動いていなければ、うまくボールを捕らえることができない。初心者や素人が走らされると簡単にミスをするのは、「間」の取り方の練習が十分にできていないからである。
 移動ストロークプレーの時には、移動途中は大股で、ボールに近づくと小股の動きにするように指導されるが、これは、小刻みなリズムのほうが最後の段階で「間」が作りやすいからである。
 ネットプレーの場合は、相手の打球後の時間が短いために、「間」のとり方はさらに難しい。大股な動きがよくないのは、ストロークの場合と同様に「間」を作りづらいからである。ネットプレーではこれに加えて、相手の打球のコースやスピードに合わせて体を動かし、腕と手で微調整することにより、ボールをラケットで確実に捕らえるのである。これが空間的な「間」を作るということである。これを正確に行うには、ボールが体から離れているよりは近い方が容易である。「ボレーはラケットでなく足でやれ」というのはこのためである。また、ネットプレーで「間」を取って調節することが身に付いていないと、ちょっと遅めのボールが来たときに打点が前になりすぎ、ボールを「迎えに行く」格好になる。ボールを迎えに行くことの問題点は次項で説明する。一流選手の基本的なネットプレーは、球速に関係なく、ボールがラケットというより体に吸い込まれていくように見える。時間的、空間的な「間」が適切に確保されているからである。
 時間的であれ空間的であれ、「間」を自然に取れるようになるまでは、「間」を意識して練習する必要がある。

ボールはよく引きつけてとらえる

 「ボールを迎えに行くな」は野球のバッティングでもよく戒められる言葉である。実際、迎えにいく形になると、ジャストミートしたようでも打球は意外に飛ばない。
 これはテニスでも同じである。ボールを迎えにいくような形になると、どんなに一生懸命打ってもその意志が打球に伝わらない。このようなとき、本人は「体重の移動を活用しよう」としているつもりのことが多い。体重を前に移動させて、前足の前で打っているつもりである。このような場合には、単に「ボールを引きつけろ」というだけでは効果がない。むしろ「体重移動の活用」とはどういうことかを考えてみる必要がある。
 ソフトテニスでは、ボールがラケットに当たったときのラケットやガットのしなりとボールの変形が反発力を生む。ボールの変形が大きいために、ラケットとボールの接している時間が長い。この接している時間にラケットでボールを押すことにより、ボールをコントロールし、またラケットやガットにしなりを与え、球速を大きくする。だから、ラケットにボールが当たるより前に体重移動が起こったのでは意味がない。ラケットにボールが当たってから体重移動を行なってはじめて活用できるのである。
 ボールを迎えにいくということは、ボールを打つ前に体重移動が起こるということである。これではラケットにボールが当たるより前に行われた体重移動はボールに伝わらないので、無駄に終わってしまうことになる。しかも、打球前の体重移動の分だけ打球後に体重移動でボールを押せる時間が短くなるために、ボールをコントロールできる範囲が狭くなる。
 ボールを迎えにいくことにはもう一つ問題点がある。手首や肘、膝、足首などの関接では、曲がり切っているときのほうが多少伸びている時よりも強い力が働く。ボールを迎えにいくと、ラケットを持った手の手首や肘、そして軸足の膝や足首の関接が、迎えに行った分だけ伸びてしまうのである。これでは十分な力が出せないので、強い打球を受けたときにラケットを支えきれず、ボールに押されてしまう結果となる。こうなるとその分だけラケットのしなりが小さくなり、またボールがラケットに当たっている時間が短くなる。結局、球速が伸びず、コントロールもしづらくなる。
 後者の問題は、ストロークよりもボレーで顕著に見られる。ボールに押されまいとして体の前で捕らえようとすればするほど、逆にボールに押されて打球が死んだり、上向きに飛んだりすることが中級者でもしばしば見られる。これは、ラケットを前に出すと手首や肘が多少伸びてしまうために、勢いのあるノーバウンドのボールに堪えられず、ラケットが押されてしまうからである。ベースラインの手前でツーバウンドしてしまうようなボレーしかできないのも、たいていは打点が前すぎるのである。ボールを引きつけていいボレーをするための秘訣は、三年前に書いた「ボレーのバックスイング」の項を参照してほしい。

相手の打球方向の「読み」の効用

 ダッシュ力を比べても差がないのに、普通よりボールに追いつくのが早い選手は必ずいるものである。よく観察していると、相手の打球の瞬間には半ばスタートを切っている。観察力を養えば、相手の足運びのリズムや打球フォーム、振り始めのタイミングなどから、だいたいの打球方向を読み取ることができる。それで少しは早くスタートできそうだが、どうやらそれだけではないらしい。本人に聞くと、たいてい「スタートするのはインパクトの瞬間だ」と答える。ちょっと経験を積んだプレーヤーならインパクトの瞬間には打球方向はわかるから、一見するとどこに違いがあるのかわからなくなる。どこが違うのだろうか?
 最初に述べたように、相手がフォワードスイングを始める瞬間に、たいていの選手は「用意」の姿勢になり、体重がどちらかの足にかかる。読みの早い選手は、用意の姿勢で既に打球方向にスタートしやすいような体重の配分をしているようである。しかもそこからインパクトの瞬間までの間に、相手を観察しながらさらに配分を調整し、時には予備的なステップを踏んで、最適のスタートができるように準備を整えているのである。だから、インパクトと同時に、確実に正確な方向にスタートが切れるのである。同じスタートを切ると言っても、インパクトの瞬間からスタートのための動作にはいるのとでは差ができて当然である。
 少しでも早く相手の打球に追いつきたいという意志が、「用意」の姿勢と相手打球に対する読みという形で実践されたとき、「足の速い」選手が生まれるのである。

 まだいくつかの事項が残っているが、紙数が多くなるのでまた次の機会にする。

現ルールの下でより強いテニスをめざして

 春秋とリーグ戦を見てきたが、戦いなれた正クロス雁行陣による分業体制にこだわる傾向は、相変わらずである。しかし、昨年来述べてきたような戦術を身につけることができれば、従来の戦術に対する優位は明らかである。完全に身につけないまでも、一部でも自分のものにできていれば、従来の戦術のみで互角に戦える相手に対しては優位に立てるし、従来の戦術のみではやや分のない相手とも、互角以上に渡り合える可能性があるはずである。上部校も少しずつ採用し、次第に下に伝わってくるだろうが、それを待っている必要はない。新戦術の基本的な考え方は、自軍が早くネットを取り、相手のネットプレーヤーにはネットを取らせないことである。この基本的な考え方を基にして、自分なりの新戦術を工夫し、実践してほしい。
 対外試合、特に関東リーグで使うことに意義があるのである。うまくいけば大きな自信になるし、うまくいかなければ原因を考え、対策を講じ、練習を積めばいい。そうして身につけた新しい戦術を各学年が積み重ね、下の学年へと代々伝えていったものがその学校の伝統である。四年間に一つでいいから、創価大の伝統に新しい何かをつけ加えて卒業してほしいと心から願っている。

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伊藤眞人:itomasa@t.soka.ac.jp